月給12万で数千万のライブハウスを買った、THE GAME オーナー・齋藤浩一【舞台の袖から】

ステージの“袖”で活躍する人々に迫る、ドキュメンタリー『舞台の袖から』。第4弾は、ライブハウス経営者・齋藤浩一。「裏方がやりたい」と、飛び込んだライブハウスの仕事。数々の災難に見舞われながら、それでも齋藤を突き動かし続ける“情熱”とは何だったのか。

初めてライブを観に行った時、舞台の上の大好きなアーティストが大好きな曲を演奏していた。このフェンスの向こう側へ行きたい。そう思った瞬間、客席とは別の場所から舞台を見る人の存在に気づいた。これは、客席からではなく、袖から舞台を見つめる者たちの物語。


【舞台の袖から】
ライブハウス経営者・齋藤浩一

日本デザイナー学院渋谷校卒業。高校卒業後より、自らもバンドをやりながらライブハウスの仕事に携わる。老舗ライブハウスなどの店長を歴任し、20代にして現在オーナーを務める渋谷・宇田川町にある『THE GAME』を買い取る。

他にもレーベル・TWILIGHT RECORDS、フリーペーパー・PUNKLOID、shibuyaJUMPを経営。attract ltd代表取締役 CEO。


年上の先輩に憧れて、仲間が楽器を持ち出した

出身は東京で、音楽の目覚めは中学です。周りの仲間が楽器を持って、BOOWY(※正しくは3文字目、ストローク符号を付したO)とかをコピーし始めるんですよ。僕は楽器を買ってなかったですけど、やっぱりBOOWYとZIGGY、BUCK-TICKなど、その辺を聴いてました。バンドブームっていうより、年上のヤンキーの先輩がそういうことやってたんで、そこに憧れて、みたいな感じですね。

ライブハウスに初めて行ったのは、高校生になってからです。それこそ仲間のライブを観に行った横浜のCLUB24。そこからはライブハウスに入り浸りの生活で。

バンドを始めたものの、本当にやりたかったことは“裏方”

高校卒業してからは、デザインの専門学校に行ってました。グラフィティアートとかに憧れてて、俺はこういう感じで生きていくんだとか思ってたんですけど、もちろん学校で壁にスプレーで絵を描くなんてことは教えてくれるはずもなく……。学校入ってからそのことに気づきました(笑)。

その時期よく通ってたライブハウスは、渋谷のGIG-ANTIC。そこで友達のバンドがハコの顔みたいになってきていて「俺もバンドやりたい!」ってなってやり始めるんですけど、でもその時期ホントは、テレビ局のADになりたかったんです(笑)。

腰にガムテープぶら下げて走り回って、怒鳴られてる姿をテレビかなんかで観てロマンを感じちゃったんですよね。でも、なり方もわからないし、ただその時「あ、俺は裏方の仕事がしたいんだな」って思いました。

それでヤマハで働いてたおじさんに相談したんですよ。そしたら「経験積むつもりでライブハウスで働いてみたら?」って言われて。バイト情報誌で必死に探して、恵比寿のライブハウスを見つけて。応募して、結構な倍率だったのに受かっちゃって。親父とハイタッチしたのを覚えてます(笑)。

 

ライブハウスにいることで、自分を保てていた

バンドやりながらバイトって立場だったんですけど、働いていくなかで考え方も変わってくるんですよね。店長の熱い部分とかわかってきてはいたんですけど、慣れてわがままにもなってきていて。ある時社長に怒られて、そのまま出て行っちゃって、初のライブハウスの仕事はあっけなく終わりました。

それからはよくわけのわからないバイトをしながら繋いでたんですけど、やっぱりライブハウスのことが気になっちゃって。8ヵ月後に社長に連絡して「もう一回やらせてください」って言うんですけど、ポジションがないと。

「それなら自分ブッキングやります!」って言って。やったこともないのに(笑)。だけど働いていくなかで“カッコ良いライブハウスにしたい”って思いだけはつねにあったので、できるような気がしたんですよね。

それでなんとか戻らせてもらうんですけど、あれよあれよという間もなく店長になっちゃうっていう(笑)。

今となっては、どうしてそんなに戻りたかったのか自分でもよくわからないんですけど、そこにいると自分が保ててるのかなって感じたからですかね。

ただ、ライブハウスで働き続けるんだろうなぁってことは思っていても、自分のライブハウスを持つなんてことは、その時1ミリも思ってなかったです。

 

仕事を辞めた2日後、老舗ライブハウスの店長に

恵比寿のライブハウスを卒業して、もうこの仕事は辞めようと思ってたんです。理想のライブハウスに近づけなかったとかそういうレベル以前に、「ああスケジュール埋まらねー」とか、いろんなことに疲れちゃったんですよね。

でも辞めた2日後に、「新体制になる老舗ライブハウスの店長にならないか?」って声がかかって。2日後だしなとも思ったんですけど、これも何かのメッセージなのかな? とか思って。一週間後には店長になってました(笑)。

距離で言ったら恵比寿から渋谷にひと駅だけの違いなんですけど、何か違ったんです。

この仕事始める前に好きだったハコがGIG-ANTIC。時代的にも、今ほど情報を集める手段って少なかったんです。他の遊びの情報もいらない、“そのハコのマンスリーのスケジュールを見る”っていう情報と、自分たちのバンドがそのスケジュールのラインナップに載るっていうだけで、僕にとっては充分、というくらい好きでした(笑)。

そういうライブハウスにしたいと。でも同じ渋谷なんで、それプラスアルファで独自のことをやりたいって思いました。

紆余曲折ありながらも、自分のやりたいことに近いことができてきてたんです。『Low-Cal-Ball』ってロックイベントもそのひとつですね。すごく刺激をもらいました。

そしてお店も含め次のステップに行こうとしたとき、行き詰まるんですよ。こういうことやりたいんだけど、なかなか決まらない。1ヵ月くらいプー生活(笑)。そこで声をかけてくれたのが今のTHE GAME。当時はライブハウスではなく、クラブだったんですけど、うちでライブハウス事業始めてくれないかと。

 

給料12万円の自分が、数千万でライブハウスを買うまで

当時27歳くらいだったんですけど、それなりの準備はしてあるって聞いてたんです。でも行ってみたら、ミキサーは8チャンネルくらいしかないし、一回叩いたら終わりみたいなおもちゃのドラムみたいなのがポツンとステージにあるだけっていう(笑)。

しかも、ライブハウス事業は週末の二日だけだったので、給料も8万くらい。クラブだっていう先入観からスタッフもなかなか集まらない状況で。でも「これ良いじゃん!」っていうものを作って、状況を変えていけばいいって思ってました。

そんななか、社長が風営法でもって行かれてしまって営業停止(笑)。社長が戻ってきて口にした言葉は「THE GAMEは解散します」。その間、僕は友達の紹介で荷揚げ屋の仕事を始めるんですけど、いろいろ考えさせられる時間でした。

荷揚げ屋の仕事ってキツいんですよ。資材は重いし、自分との戦い。そんな仕事をしながらブッキングをバラす日々の中で、バンドに限らずですけど、何かやってるヤツらはこういう仕事しながらもバンドのこととか考えて働いてるんだなぁと。そう思ったらなんとかTHE GAMEを残す方法はないか? と考えてたんです。

でも社長のひと言をきっかけに、THE GAMEは一気に解散に向かって動き出してました。同時に自分が働いてきた場所を失うのは嫌だという思いが日に日に大きくなっていって、ある時荷揚げ屋の社長に相談したんです。「僕がライブハウスを買い取るとかってできるんですかね?」と。

荷揚げ屋の社長は、自分が憧れていたバンドのメンバーのお兄さんだったということもあって事情は理解してくれていたし、親身になって聞いてはくれていたんですが、ノリがメチャクチャな人だったんで、答えは「じゃあ、やっちゃう?」でした(笑)。

給料12万、自分の生活もままならない。実際買い取り方もわからない。意味わからないとも思ったんですが、荷揚げ屋の社長は、共同で会社を立ち上げて銀行の融資を受ける道筋をつけてくれました。

でも融資額は提示されている金額には届かない。そんな時、一括で買い取りたいという会社が現れたんです。いきなり30人くらいでやって来て、ハコの寸法計りだしたりして(笑)。

ヤベぇなと思ったんですけど、ここは気持ちで押し切ろうと、社長を説得しました。「このままじゃ社長がやってきた歴史が消えちゃいますよ!」その都度「じゃあ払えんの?」の繰り返し(笑)。

結果1/3の前金と1,700万上乗せという条件で買い取ることができました。その時は金額どうこうっていうよりも、気持ちが通じたってことがなによりうれしかったですね。

営業停止から会社立ち上げて、THE GAME買い取るまでの期間がわずか2ヵ月。親にも話せないまま。そして翌月から当然の様に返済義務(笑)。

 

どうしてもバラせなかったブッキング。そして災難はまだ終わらない

結果買い取ることができたんですが、買い取れる確証もない時期にどうしてもバラせないブッキングがあったんです。ALLiSTERっていう海外のバンドで、どうしても呼びたいって気持ちと、買い取れなかったときの公演中止の違約金。その狭間ですごく悩みましたが、結果新生THE GAMEのスタートをALLiSTERで始められて。

現状を知って、人もたくさん集まってくれるようになって来たときに、海外からリーマンショックってのが来日して(笑)。そんなの僕には関係ないって思ってたんですけど、実はモロに関係があって。ビルのオーナーから立ち退きを迫られるんです。

完全な知識不足で不動産契約をしていたので、無抵抗のまま立ち退きを余儀なくされました。最後のイベントは『GAME OVER』(笑)。返済を遅らせることもできないため、必死に次の物件を探しましたが見つからず。

急場しのぎのCAFEやDJ barを経営しながら、 THE GAMEは一年後に復活。何とか漕ぎ着けたって感じです。ラッキーボーイなのか運が悪いのか? ここまで美談になってますけど、借金はとんでもないことになってましたね……(苦笑)。

 

それでもライブハウスを続ける理由

どうなんですかね? でもこの前、『FAT WRECKED FOR 25 YEARS』が幕張であった時のアフターパーティをTHE GAMEでやってくれたんですよ。それこそ、高校時代に夢中になったバンドのメンバーが自分の店に来るってなったら、自分も幕張でライブ観てたんですけど、終わったら車飛ばしてソッコーで店に戻って。「これからバンドのメンバー来るから!」って言って。

こんな感じにしたら喜ぶんじゃないか? とか、やるかわからないけどDJブースも用意しちゃおうとか(笑)。もう夢のようでした。借金してTHE GAMEを買った意味ってこれなのかな? って思いましたね。

この仕事は最高か……紙一重です。決してきれいなことばかりではないと思っているので。でも、何ヵ月も前からチケット買って来てくれる人が、今日は何があるかわからないから、ちょっと多めにお金もって行っちゃおう、って思われるハコではありたいなと思ってます(笑)。


番組情報

舞台の袖から #04齋藤浩一

02/18(月)10:00/14:15
02/19(火)10:30/14:45/21:00
02/20(水)11:00/15:15/21:30
02/21(木)11:30/15:30/22:00
02/22(金)13:00/17:00/22:30
02/23(土)17:30/23:15
02/24(日)18:00/23:45

02/25(月)13:00/17:15/21:30
02/26(火)10:00/13:30/17:45/22:00
02/27(水)10:30/14:15/18:15/22:30

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この記事を書いた人

  • iBEYA(アイベヤ)

    iBEYA(アイベヤ)

    「1人(ひとり)」は良いけど、「孤独(ひとり)」は嫌! ヒトとの繋がりを 適度に感じられる、音楽風味 なチャンネルを2018年1月30日AM10:00より『dTVチャンネル(TM)』にて開局。