出世競争に疲れ果てた社会人はサザンの新曲を聴くと救われる

歌詞に重きを置く傾向にある、日本ならではのコラム(!?) 音楽好きで年間200本は心理学の論文を読むアル・マジローが“心理学”の観点から最新音楽を分析。何気なく耳にしていた、あの曲の真の面白さに気づけるかもしれません。今回は新曲が各配信サイトで1位を独走中と話題となっているサザンオールスターズ「闘う戦士(もの)たちへ愛を込めて」にフォーカスします。

[お題]サザンオールスターズ「闘う戦士(もの)たちへ愛を込めて」

池井戸 潤原作の映画『空飛ぶタイヤ』主題歌、サザンオールスターズの新曲「闘う戦士(もの)たちへ愛を込めて」。

池井戸 潤の本は勧善懲悪という特徴がありますが、同曲は「社会で働くすべての“闘う戦士(もの)たち”への讃歌」とオフィシャルホームページに書かれているように、人間の“善”なる部分だけを描いた曲ではありません。

むしろ、自分のために人を蹴落として成り上がることを“人生”と表現したり、殺られる前に殺ることを“仁義”と表現するなど、人間の“闇”の部分について目を背けることなく真っ向から向き合っているように思えます。

ある記事によると、新入社員の6割が入社前の理想と入社後の現実のギャップに悩んでいると記されています。「闘う戦士(もの)たちへ愛を込めて」は会社員としての生活を“生存競争”としたうえで、それを“孤独”で“タフ”なものと表現し、こうした理想と現実のギャップを埋めようとしているのではないか? さらに「現実を過酷なものと割り切ることによって悩まずサバイブしてほしい」という意図があるのかと思いました。

サザンオールスターズ

生存競争=現代社会だとしても陥る、自己嫌悪

さて、改めて今作の歌詞について注目します。

同曲では、生存競争と書いて“いきていくの”と読んでみたり、現代社会の生存競争の激しさにスポットを当てています。そして、社会で必死に“闘う戦士(もの)”たちのこれまでの行いをまるっと受け止める“強さ”を持った歌詞だと感じました。

この曲では受け止めてくれてはいるけれど、いざ自分が生存競争の真っ只中だとしたら。競争で勝つことによって「悪いことをしてしまった……」「自分はなんて悪い人間なんだ……」と後悔することもあるでしょう。

しかし、ここで悪いのは生存競争で生き残ろうした人なのでしょうか? その人は、そこまで自己嫌悪に陥ったり、後悔する必要はあるのでしょうか?

PHOTO BY Nik Shuliahin on Unsplash

人との“いざこざ”を実験室で再現した「先制攻撃ゲーム」

実験室で検証した「先制攻撃ゲーム」をここで紹介します(Simunovic, Mifune, and Yamagishi, 2013)。

このゲームは1回あたり60秒間と短く、ふたり1組で行われます。ゲームの参加者が行うことはとても簡単で、「60秒間のうちの好きなタイミングで赤いボタンを押す」というもの。お互いにアイコンタクトなどが行えないよう、参加者はパーティションで区切られており、赤いボタンは押さなくても構いません。

ふたりとも赤いボタンを押さなければ、両者1500円ずつもらえますが、どちらか一方が赤いボタンを押せば、その時点でゲームは終了。ボタンを押した人は1400円しかもらえず、さらにボタンを押された人は500円しかもらえません。

ボタンを押すことで相手のお金を減らすことができるという意味で、ボタンを押すことは歌詞にある“殺る”という状況と似ていますね。

この場合、ふたりとも赤いボタンを押さなければ1500円がもらえるので、合理的に考えれば赤いボタンを押す人はいないでしょう。しかし、実験の結果50%もの参加者が赤いボタンを押していました。

参加者の半数が損をするとわかっていても赤いボタンを押す

なぜでしょうか? 優越感を感じたい……つまり、自分は100円減った1400円しかもらえないけれども、相手はもっと低い500円しかもらえていない。自分の利益を減らしてでも相手を“蹴落として”優越感を感じたいから、赤いボタンを押したのでしょうか。

この可能性を調べるために、次の実験が行われました。この実験は最初の実験とほぼ同じで、参加者がすることは「好きなタイミングで赤いボタンを押す」というもので、この実験でもボタンは押さなくても構いません。

ただ、今回の参加者は「相手は赤いボタンを押すことはできない」とゲームが始まる前に言われます。もし、先程の実験の参加者が優越感を感じたくて(自分の利益と相手の利益の差を広げたくて)赤いボタンを押したのならば、ここでも赤いボタンを押すはず。

しかし、実験の結果を見ると、この実験ではおよそ4%の参加者しかボタンを押しませんでした。この結果から、参加者は優越感を感じたくてボタンを押した(≒相手に攻撃した)ということはなさそうであると考えられます。

[解釈]優越感からではない? 人が攻撃をする理由

この論文の著者たちは、相手の利益を下げるためにボタンを押したのではなく、“相手が自分に攻撃してくるのが怖くて”ボタンを押したと主張しています。

人は必ずしも相手に害を与えたくて攻撃するわけではない(そうならばふたつ目の実験でも攻撃するはず)。

むしろ、相手から攻撃されるのが怖くて“仕方なく”攻撃していると解釈できます。

実験では、相手は赤いボタンを押すことはできないという状況が作り出されていましたが、実社会では“相手に攻撃する機会がない”という状況はめったにありません。

そのため、相手から攻撃されるのを恐れ、“仕方なく”攻撃する、ということが結構な頻度で起こると考えられます。

[考察]“闘う戦士(もの)たち”の愛すべきところ

歌詞に戻りましょう。「闘う戦士(もの)たちへ愛を込めて」を聴くほど、互いに人を蹴落とそうとする企業という集団において、闘う者たちは必ずしも完全なる“悪者”ではなく、本当は攻撃したくないのに……という葛藤を抱えた“愛すべき”悪者と捉えることができるかもしれません。

さらに言えば、葛藤を抱えながらも“それでもやっていかねばならない”と自分を言い聞かせているようでした。

その意味で、この曲は葛藤を抱えるあらゆる社会人を励ます曲と言えるでしょう。“戦場で見た”夢を叶えるためには、そして“見据えたゴール”を達成するためには、時に人を蹴落としたり、時に殺られる前に殺ることを余儀なくされたりすることがあります。

夢を叶えるためには、道に倒れた人を踏み越えるという“タフ”で“孤独”な旅を完走する必要があるのです。

夢や希望を持つことは大事でも、それらを貫き通すには現実をサバイブしていかなくてはいけません。そういった理想と現実のギャップが新入社員を苦しめ、離職へ追いやることも少なくないと思われます。それでも過酷な現状において、サザンオールスターズの新曲は“辛い現実を乗り越えることこそが大人になるということだ”と叱咤激励しているように思えます。

「闘う戦士(もの)たちへ愛を込めて」ジャケット

ただし、この曲はこうした会社内での社員同士の生存競争を受け止めるだけの歌詞ではありません。

会社の外からは「ブラック」と呼ばれたり、株が売られたりと評判が悪くなっていることが歌われるCメロの部分には、生存競争の悪い部分がさり気なく記されています。

社員同士という意味ではなく、企業同士という意味での生存競争を考えると、この部分の歌詞は社員同士が互いに蹴落とし合う企業は株も売られ落ちぶれてしまう、ということを暗示しているよう。

もしそうだとするならば……。

社員同士の生存競争で葛藤を感じないといけないような企業は今後減っていくから、「辛抱するのは今だけでいいよ」という希望を、サザンオールスターズは歌っているのかもしれません。

明るい未来を待ちわびながら……今は“自分が闘っている”ことを理解し、受け止めてくれるこの歌の存在が“闘う戦士(もの)”を救っていくことになるでしょう。

TEXT BY アル・マジロー

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