過去の苦い経験、蓋をしたくなるような劣情…。椎名林檎、“何処にでもいる女の半生”を全身全霊で体現

■椎名林檎、3年ぶりのホールツアーのオフィシャルレポートを公開! 観客を驚かせた“二層タイトル”の真意とは?

今春約3年ぶりのホールツアー(17会場23公演)を開催した椎名林檎。全国各地を興奮の渦に巻き込み、千秋楽の5月27日にはツアーの成功と共にデビュー20周年を迎えた。

そして、記念すべき同ツアーより、5月17日東京・NHKホールのライブレポートが、椎名林檎特設サイトにて公開された。

昨年末リリースのセルフカバーアルバム『逆輸入 〜航空局〜』を受けて、『椎名林檎 ひょっとしてレコ発2018』と銘打ちスタートした本ツアーは、アルバム収録曲を中心に新旧の楽曲で構成され、アニバーサリーイヤーにふさわしい充実感のあるセットリストを披露。しかし、そればかりではなかった。本編中に於いてツアータイトルが「椎名林檎と彼奴等の居る真空地帯 -AIRPOCKET-」へと改められたのだ。この二層のタイトルの意図とは?

オフィシャルレポートでは、椎名林檎がこのツアーに込めた思惑を伝える詳細が綴られている。

<オフィシャルレポート>
まさしく彼女の歌詞から拝借すれば、椎名林檎のあらたな音楽が届くたびに、彼女の実演(ライブ)を観るたびに<大人になってまで胸を焦がして>いる。とりわけデビュー20周年を迎え『椎名林檎のひょっとしてレコ発2018』と銘打たれた今回のツアーは、冒頭から高鳴りが止まらなかった。本稿では5月17日に行われた東京・NHKホール公演を振り返ってみたい。

スクリーンに映し出されたカウントダウンの数字がその時を告げてスペースシャトルが発射されると、彼奴等(=スペシャルバンド“MANGARAMA”)を従えた椎名が「人生は思い通り」を歌い始める。彼女の青いシフォンプリーツのドレスは、所々が甲冑で武装されている。ほどなくして宇宙を泳ぐシャトルが放出したのは、昨年末にリリースされた最新セルフカバーアルバム『逆輸入 〜航空局〜』だった。

意表を突く映像と弾むような歌声に酔いしれている客席へ椎名がこう呼び掛ける。「いらっしゃいませ。『ひょっとしてレコード発射2018』へようこそ」。なるほど、人類を宇宙へと届けるプロセスに、パッケージをリスナーへと届ける(=“レコード発売”)それを重ね合わせた映像は、彼女らしいユーモアによる所信表明“演説”もとい“演出”ということか。無論、その所信とは音楽への飽くなき情熱と弛まぬ挑戦であり、パッケージへの手間暇を惜しまぬ真摯な姿勢である。そのまま椎名は続けざまに「おいしい季節」「色恋沙汰」「ギブス」「意識」「真理の人(nature boy)」(※ナット・キング・コール。1948年)を歌い、観客を魅了していく。

しかし「JL005便で」の途中、突如スクリーンに『椎名林檎と彼奴等の居る真空地帯(AIRPOCKET)』の文字が。そう、今回の真のツアータイトルだ。つまり“レコ発”さえもがトラップで、これまでの時間はあまりに壮大で贅沢なアバンタイトルだったのだ。

では“真空地帯”とは? 椎名はここからさらなる攻勢でそれを示していく。「少女ロボット」「弁解ドビュッシー」「浴室」「薄ら氷心中」「暗夜の心中立て」からモノローグのような「枯葉」(※シャンソンのスタンダードナンバー)を経て「眩暈」へ。その流れは、一人の女の蒼い季節の物語のようだ。ここで特筆すべきは、「浴室」から「暗夜の心中立て」の間に繰り広げられた妖艶なパフォーマンスだろう。椎名は打ち掛けをゆらりと脱ぎ捨てるとランジェリー姿となり、髪を振り乱し、倒れ寝転び、身体をくねらせる。見てはいけない女の情念が曝け出されたかの如き愁嘆場は、固唾を呑むほどの迫力だった。

今回のツアーにおける椎名は、言わば“何処にでもいる女の半生”といった自作プロットの自演に徹していた。女性なら誰しも憶えのある過去の苦い経験。蓋をしたくなるような劣情。椎名はそれらを観客―特に女性―一人ひとりの記憶に成り代わり、演じるように歌い上げていた。鎖を巻いて、鍵をかけて、心の奥底にひっそり眠らせておいたパンドラの匣。それがこじ開けられた時、人は息をすることさえままならなくなる。それが椎名と彼奴等による“真空地帯”の正体である。

もっと言えば、初期の楽曲群と『逆輸入 〜航空局〜』のそれらが交互に披露されるセットリストには、前述の甲冑をはじめ、林檎を微塵切る仕草や斬髪の映像など、過去のライブやメディア露出の際に使われた演出やビジュアルの断片が、リミックスのように散りばめられていた。熱心な椎名林檎愛好家のなかには、記憶の時間軸が捻じ曲がるような感覚に囚われた向きもいただろう。

やがて本編が終盤に差し掛かると“真空地帯”は様相を変え始める。「おとなの掟」で我が意を得た女は「重金属製の女」となって毒を撒き散らし、「静かなる逆襲」「華麗なる逆襲」で反撃に転じ、「孤独のあかつき」「自由へ道連れ」で遂に解き放たれる。それに呼応して、呆然と立ちつくしていた多くの観客も、いつしか呼吸することを思い出したかのように手旗を振り、歓喜の声援を上げていた。

最後に歌われたのは「人生は夢だらけ」。宣誓にも似た椎名の熱唱は、眩しいまでに瑞々しい生命力で満ちていた。今を生きている。その確かな実感を観客に与えると、彼女は悠然とステージを去っていった。

そしてアンコール。羽織姿でステージへと戻ってきた椎名と彼奴等が、「丸ノ内サディスティック」「NIPPON」「野性の同盟」を披露すると実演(ライブ)はその幕を閉じた。

思えば、音楽と絶妙なランデブーを果たした映像とウイットに富んだネオンサインこそあったものの、椎名が使った小道具は扇子と番傘のみ。あれほど緻密な構成が、照明と衣装と、徹底的にミニマルなアレンジからスリリングなグルーヴを生み出すバンドの演奏のみで表現されていたのだ。

だからこそ、椎名の“歌”がより強く記憶に残った。今回、彼女が“剥き出し”のシンガーとしてこのツアーに臨んだ背景には、もしかすると『逆輸入 〜航空局〜』の収録曲からようやく手応えを感じ始めた、音楽家/作家としての矜持が作用していたのかもしれない。

なお、この日の模様はWOWOWにて、7月29日に放送が予定されている。トリビュートアルバムの発売。サブスクリプション配信サービスの解禁。そして今秋の『椎名林檎 (生)林檎博’18 ―不惑の余裕―』の開催決定。胸焦がれる椎名林檎のデビュー20周年イヤーは、ここからが本番である。

TEXT BY 内田正樹

『椎名林檎と彼奴等の居る真空地帯(AIRPOCKET)』
starring 椎名林檎

MANGARAMA
drums みどりん
bass 鳥越啓介
key & vox ヒイズミマサユ機
guitar 名越由貴夫
trombone 村田陽一
trumpet 西村浩二
sax & flute 山本拓夫

<セットリスト>
1. 人生は思い通り
2. おいしい季節
3. 色恋沙汰
4. ギブス
5. 意識
6. 真理の人(nature boy)
7. JL005便で
8. 少女ロボット
9. 弁解ドビュッシー
10. 浴室
11. 薄ら氷心中
12. 暗夜の心中立て
13. 枯葉
14. 眩暈
15. おとなの掟
16. 重金属製の女
17. 静かなる逆襲
18. 華麗なる逆襲
19. 孤独のあかつき
20. 自由へ道連れ
21. 人生は夢だらけ
E1. 丸ノ内サディスティック
E2. NIPPON
E3. 野性の同盟


リリース情報

2018.05.23 ON SALE
Various Artists
ALBUM『アダムとイヴの林檎』

2018.07.04 ON SALE
椎名林檎
Blu-ray&DVD『(生)林檎博’14 ―年女の逆襲―』通常盤
※「(生)」は「生」の丸囲みが正式表記。


椎名林檎 特設サイト
http://smarturl.it/ringo_sp

椎名林檎トリビュート『アダムとイヴの林檎』特設サイト
http://smarturl.it/adam-eve-ringo-sp

椎名林檎 OFFICIAL WEBSITE
http://www.kronekodow.com


 

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