感想真っ二つ!少女マンガ原作映画「溺れるナイフ」をアーティスト4人がガチ観賞

Base Ball Bearの小出祐介が部長となり、ミュージシャン仲間と映画を観てひたすら語り合うプライベート課外活動連載。今回は、人気少女マンガの映画化作品「溺れるナイフ」。いつものように劇場で観て喫茶店で感想会となったのですが、当連載史上最大に感想が分かれました……。


活動第30回[前編]「溺れるナイフ
参加部員:小出祐介(Base Ball Bear)、世武裕子、オカモトレイジ(OKAMOTO’S)、ハマ・オカモト(OKAMOTO’S)

全国都道府県ツアーを終えたOKAMOTO’Sが久しぶりに参加

──「みんなの映画部」第30回目になりました。そして約半年ぶりにOKAMOTO’Sが戻ってきました。

世武 おめでとうございます!

ハマ よろしくお願いします。世武さんもいらっしゃって。

世武 お邪魔しております。

ハマ いえいえいえ!

──今回はジョージ朝倉先生の人気マンガを、平成元年生まれの新鋭監督・山戸結希さんが映画化した話題作「溺れるナイフ」です。では、恒例の部長からのひと言を。

小出 最高でした。

ハマ おぉ?

レイジ え? 普通に最高でした?

ハマ それはこれから聞きましょう。

小出 いや~、なんかね、あんまり言葉にしたくないぐらい感動した。感動しすぎて、もうちょっと消化する時間がほしいぐらい。このまま3曲くらい作れちゃいそうな気持ち。

ハマ なるほど。原作は読んでいるんですか?

小出 読んでますね。とはいえ、原作の良さと映画の感動はちょっと別腹だと思ってるんですけど、単純に、「漫画原作の実写映画化」という意味では、17巻もある原作をあの尺に凝縮して濃縮したのは、すごいなと思いました。

原作のエッセンスの、芯を食った抽出というか。監督の山戸結希さんが、本当に原作をよく理解しているからなんでしょうね。

──対する3人の意見、ご感想を。

レイジ 俺はまず、主演のふたり(小松菜奈と菅田将暉)が今年働き過ぎだなあって(笑)。

小出 たしかに(笑)。

レイジ そこが映画の中に入る前の先入観として、ちょっと強すぎたかなというのが正直あって。でも最後のほうは意外とのめり込んでしまいました。 ふたりがニコニコしているだけで結構泣きそうになりました。自分がおじさんになったのかなとも思いました(笑)。

小出 いや、俺は何度か泣いてるからね。こっそり(笑)。

レイジ あははは!

小出 ただ、重ねて言っておきたいんですけど、原作を読んでいたから泣いたわけじゃないんです。思い入れうんぬんじゃなくて、純粋に映画として感動したんです。

ハマ 僕は逆に、ぜんぜん乗れなかった派ですね。ひとつもピンとこなかった。だから批判や否定ではなくて、そもそも語る資格がない感じです。

世武 私もそっちだな。(小出部長の感想が)ジョークかと思ったからね。最初、冗談だと思って聞いていて、途中から「えっ、本気なの?」ってなった。

小出 あははは! でもたぶん、これぐらい意見が分かれるんだろうなとは予想できたよ(笑)。

世武 私は内容とかじゃなくて、不満はほとんど音楽ですね。過剰な感じっていうか。私の感覚だと、音楽は付けすぎかなと思った。劇伴ってことですけど、ピアノのアルペジオが流れてきたときにはもう声が出そうでした…。

あと編集のつなぎもエモーショナルというより、雑に見えちゃって。主役ふたりはやっぱりいいんですよ。この年齢の、今撮ってやっぱり最高のふたりだと思った。けど、それに頼りすぎてプロモーションビデオみたいだなとも思いましたね。

人生の可能性は広がっていくけど、青春って閉じていくものなんだなって

ハマ やっぱりコイちゃんの絶賛の理由を聞きたいですね。

小出 ひと言でまとめると……青春と恋愛の本質とか、その正体みたいなところにタッチしている映画だなと思ったんですよ。

レイジ ぜひ詳しく語ってください!

小出 金髪のコウ(菅田将暉)って少年は、先祖代々その土地を守っている神主一族の跡取り息子で、神童というか、一目置かれる「特別な存在」というか。画面でも浮世離れした映り方していましたけども。

で、そこに東京でモデルの仕事をしている女の子・夏芽(小松菜奈)が田舎に転校してきて、ふたりは出会う。それが夏芽からしたら、「神様に出会った」ような感じだったんでしょうね。恋心に、信仰心にも似たものが重なった気持ちを抱くと。

っていうか夏芽も芸能界にいたわけで、彼女も「特別な存在」なはずなんだけど、コウという神様に触れて、憧れとかキラキラが満ち溢れてくる。たぶん、自分は俗っぽい、現世の人間だと思ってるからなんだと思う。だからもっと自分も近づきたいし、同時にコウにはもっともっと手が届かない存在になっていってほしい。

そんなふたりが出会い、惹かれ合い、戯れ、なんかもう無敵状態というか、周りから見たら天上人みたいな感じになってるのが前半ですよね。

レイジ なるほど。

小出 そこに「ある事件」が起こるわけじゃないですか。あの事件によって、その神聖さが一気に剥奪されるわけですよ。そこで大友(ジャニーズWEST・重岡大毅)という夏芽のクラスメイトの男子の存在が、急にふわっと上がってくる。それはなぜかというと、 コウと夏芽が俗世に落ちたというか。それまで神々しいところにいたふたりがあの事件によって汚れて堕ちていったと。

序盤、学校で古事記の授業をしているシーンがあるんですけど、示唆的でしたよね。亡くなったイザナミ(女神)に会いに、イザナギ(男神)が黄泉の国まで向かうんだけど、ちょっとした行き違いでイザナミの愛が激しい憎しみに変わる。結局、黄泉比良坂で離縁して、あの世と現世に別れてしまう。まったく同じではないけど、そのあとのコウと夏芽に重なるものがありますよね。

で、事件後たぶん夏芽は気付くんだよね。「そうか、こうやって特別な時間というものはいつか終わって、現実の人生の営みというものが続いていくのか」みたいな。で、切り替えて生きてみようとする。

だからこのあたりで等身大の男子として魅力的な大友の株がグッと上がってくると(笑)。彼が出てきてしばらくは、普通の恋愛映画みたいになりますよね。神がかり的な光がふっと消えて、「なんでもないようなことが幸せ」的なムードが漂う。

一方、コウは全能感を失って、人間としてもがき苦しむわけですよ。「誇り高くいたかったわ」「俺のことを追い越していってくれや」なんて言って……。ふたりは呪いを受けてしまったんだと自覚しあって、苦悩する。

きっと誰にでもあったはずの神様がいた頃とか、神様だった頃。強烈な光と、それが翳っていくこと。大人になったらほのかな触感だけ残して遠のいていくもの。そういう特別なものを目撃したような気がしましたね。

──そのきらきらした「特別な時間」というのが、小出部長の言う「青春や恋愛の本質」ってことですかね。

小出 そうだと思いますね。人生の可能性はどんどん広がっていくけど、青春って閉じていくものなんだなっていうか。神がかった時間は、いつか閉じていくという。そんな感じですかね。

ハマ なるほど。

小出 この映画では、終盤、現実と夢、幻想が交錯していきますよね。そして交錯しまくったまま終わる(笑)。ただ、これは映画だけじゃなくて原作もそうなんですよ。それを映像化するうえでたぶん山戸さんの、ちょっと荒ぶったタッチじゃないと上手く夢の世界に連れていけなかったかなとも思うんですよね。

TEXT BY 森 直人(映画評論家/ライター)

C-20161203-MK-0412昼前集合だったので、開演前にホットスナックをほおばるレイジくん。

C-20161203-MK-0420世武さんとハマくんは、今回が連載初顔合わせ。世武さんは、NHK朝ドラ「べっぴんさん」の劇伴を担当しているので、映画音楽に関して他の部員と違う覚悟で切り込みます(ただし辛口め)。

[後編]はこちら

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

M-ON! MUSICの最新情報をお届けします。

この記事を書いた人