ヒトリエ×アスガリズム、スペシャルライブレポート ~深きものども~

ヒトリエ
全国ワンマンツアー2016 『one-Me Tour “DEEP/SEEK”』
2016年4月29日@新木場STUDIO COAST

 

2ndアルバム「DEEPER」を携えての全国ワンマンツアー。そのファイナルとなった新木場STUDIO COASTでのライブの模様を、M-ON! MUSICで連載中のマンガ「アスガリズム」の登場人物の視点で綴ってゆく。ライブと呼応するように、現実と想像の世界の間で揺れる新感覚ライブレポートをお届けする。

M-ON! MUSIC連載「アスガリズム」

TEXT BY しおひがり
PHOTOGRAPHY BY 西槇太一


 

彼女の三つ編みの根元を、僕は見るともなく見ている

良く考えたら後頭部ってあまり見ることないよな、と僕は思う。僕の目線の先には彼女の後頭部があって、彼女の後頭部には三つ編みにされた茶色い髪の毛の束が左右に一本ずつぶら下がっている。前方に広がる大勢の観客たちの様子を、フェンスに肘をついてただじっと見ている彼女の三つ編みの根元を、僕は見るともなく見ている。

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「なかなか始まんないわね」
彼女が面倒くさそうに首だけこちらに向けて、僕に声をかける。
「まだ開演時間じゃないよ」
僕は答える。
「わかってるわよ」
彼女はまた前を向いて黙る。やってしまった。せっかく話が出来るチャンスだったのに。

今日ここに来るまでも、ろくに話なんかできなかった。待ち合わせした新木場駅からSTUDIO COASTまでの道のりはほとんど無言だったし、会場に入ると彼女は慣れた足取りでさっさとアリーナの後方に向かい、ちょうど一人分くらいの隙間だけ空いていたフェンスの後ろのこのスペースにスポッと収まってしまった。おかげで僕は話どころか彼女と並んでステージを見ることもできず、仕方なく彼女の後ろで彼女の後頭部を見ているのだった。

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教室の隅で彼女が小さく口ずさんでいたリフを、僕は何度も思い出していた

話したいことならたくさんあるんだけど。だいたい彼女がヒトリエを好きかどうかだってちゃんと確かめていない。誘ってみたら珍しく即答で「行く」と言ってくれたけど、実のところまったく興味がないのかもしれない。胸の下あたりが少し重くなる。こんな状況で楽しみにしていた初参戦のヒトリエのライブに集中できるだろうか。
そもそも僕は、ライブはひとりで見るほうが好きじゃないか。会場のすみっこでちびちびとジンジャーエールをやりながら、静かに演奏を楽しむ……最高だ。やっぱりひとりで来るべきだったかもしれない。

「いや」僕は首を小さく振る。そうじゃない。僕は彼女がヒトリエのファンだという確信があったからこそ、彼女を誘ったのだ。放課後の教室の隅で彼女が「テーテレレ テーテレレ テレレレ」と小さく口ずさんでいた「センスレス・ワンダー」のあの特徴的なリフを、お守りを握りしめるみたいな気持ちで僕は何度も思い出していた。

 

いよいよヒトリエのライブが始まる

18時。開演時間になった。会場が暗転し、サイレンを思わせる真っ赤な照明が会場を照らす。SEが鳴り響き、会場中の観客から熱烈な手拍子が沸き起こる。いよいよヒトリエのライブが始まるのだ。僕の心臓はいつもよりずっと速く打っている。
ステージの端から4人の男たちが現れ、観客たちは大きな拍手と歓声で彼らを迎える。彼らがそれぞれの位置につき楽器を構えると、ボーカルはマイクに向かって言った。
「ヒトリエです。よろしくどうぞ」

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響くカウント。痛快なギターのフレーズとキレのある歌声が会場に炸裂する。
「GO BACK TO VENUSFORT」。最新アルバム『DEEPER』でも一曲目を飾る曲。もたらされた始まりの合図。観客たちはいきなり「0コンマ何秒の音楽の快楽」に身を委ねることになる。サビでステージが明るくライトアップされ、上手のGt.シノダ、下手のBa.イガラシ、センター後方Dr.ゆーまお。そして前方のGt.Vo.wowakaがはっきり見える。僕は呪われたように彼らの姿に釘付けになり、彼らの一挙一動を一秒でも見逃したくないとすら思う。
「ヒトリエです。皆さん準備はできていますか!」

wowakaの問いかけに、観客たちは手を高く上げて応える。
間髪入れず「シャッタードール」。ゆーまおの刻む四つ打ちビートとイガラシの流れるようにうねるベースライン。音源で何度も聞いた、一度聞いたら忘れることなんかできない強固に耳に染み込むあのメロディが、僕の目の先にいる四人の男たちによって、今この瞬間に生み出されている。

20160523-MS-225008イガラシ(b)

「今日は皆さんの全身、肉体が木っ端微塵になるぐらい踊っていただきますので皆さんよろしくお願いします!」
シノダがシャウトすれば、観客も大歓声で応酬する。

 

彼らは、観客の理性のドアをノックもせずに開け放つ

そういえば彼女は。ステージに夢中になって、目の前の彼女のことをすっかり忘れていた。目線を少し下げると、彼女は開演前と変わらぬ姿勢でフェンスに肘をついて、ステージを見つめている。彼女の性格上、ライブでもおとなしくしているんだろうと思っていたけれど、ここまで微動だにしないとかなり不安になる。今何を思っているのだろう。

「<Swipe, Shrink>!」
彼らの呼び声により、瞬間的に僕は再びヒトリエの世界へ引き戻される。怪しく響く旋律。霧のようにスモークが焚かれた幻想的な雰囲気のなか、
「ギター!」
wowakaが鋭く叫ぶ。呼応したシノダの幻惑的なギターソロが会場に満ちる。まんまとまじないにかかった僕は、彼女のことなんかどうでもいいじゃないかとすら思う。

20160523-MS-225004シノダ(g、cho)

イガラシのベースとゆーまおのドラムの息のあった掛け合いから始まる「アンチテーゼ・ジャンクガール」を続けて演奏した彼らは、「ワンミーツハー」、「サークルサークル」と、アッパーチューンを次々と繰り出し、観客の理性のドアをノックもせずに開け放つ。いや、破壊する。バンドの引火性の液体そのものを会場に撒き散らすような行為に応えるべく、アリーナではサークルモッシュが発生している。

ふと気がつくと、彼女が奇妙な反復行動を行っている。彼女はいつの間にか体を起こしていて、ステージ上の彼らを食い入るように見つめている。そのまま直立しているかと思えば、演奏中の「バスタブと夢遊」のリズムに合わせて徐々に体を揺らすようになる。しばらくするとなにかを思い出したかのように直立の姿勢に戻るのだが、結局のところまた体を揺らし始める。その繰り返し。

20160523-MS-225010ゆ―まお(ds)

どうやら彼女の理性のドアは半壊しているようだった。極度につよがりな彼女が強固に築いた壁に隠れる激情が、少し顔を覗かせている。今まで見ることのできなかった分厚い壁の中。僕はその中をもっと見てみたいと思う。出来ることなら直に触れてみたいと思う。

 

僕は、彼らの演奏と歌と詩とを体に染みこませようとする

ステージからはどことなくアンニュイなギターの音色が響く。ああ、ここで「Inaikara」か……スローテンポの曲に合わせて青いレーザービームがゆっくりと会場を照射する。これまでの雰囲気からは一変し、会場にはどこか厳粛な情緒が生まれている。僕は時には目をつむり、彼らの演奏と歌と詩とを体に染みこませようとする。

20160523-MS-225006wowaka(vo、g)

wowakaがギターを一旦下ろし、マイクを手に持つ。「なぜなぜ」を歌い始める。体を大きく揺らし、ひらひらと手を振りながら歌う。
「どうしてなんだいどうしてなんだい」
ステージを端から端までゆっくりと歩く。
「なぜなぜ いけないのなぜなぜ いけないの」
リズム体がどちらかといえばたんたんと、でも情熱的にリズムを刻む。
「どうしてなんだいどうしてなんだい」
僕の前では彼女が大きく体を揺らしている。
「答えなんてない答えなんてない」
僕はただじっと、揺れる彼女の背中越しに彼らのステージを見ている。
やがてメンバーそれぞれ順番にスポットライトが当てられ、最後にマイク脇に設置されたキーボードを構えるwowakaが照らされる。「フユノ」のあの印象的なピアノフレーズが聞こえてくる。個性的なDEEPERの曲の中でも、シンボリックな一曲。
「それはそれは切ないという名前の感情よ」
美しい旋律にのせて、冬の街に降り注ぐ雪のように繊細な心象が歌われる。掴もうとしてもすぐに溶け出してしまうような……

大サビでアリーナ頭上の巨大なミラーボールにライトが当てられ、真っ白な光が会場中に反射する。ダイヤモンドダストが降りしきるなか、彼らは静かに曲を終える。
「どうもありがとう」
目の前では彼女が目一杯拍手をしている。

 

もっともっと素敵な場所に行けて、もっともっと幸せになれる

「改めまして、どうもこんばんは。ワンマンツアー、one-Me Tour “DEEP/SEEK” ファイナル東京に戻ってきました」MCでwowakaがゆっくりと語り始めている。

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ヒトリエが結成されて4年半。バンドを続けることは、悔しさ、苦しさ、泣きたくなるようなことの連続であり、喜びを感じられる時はごくわずかな「点」の時間でしかないこと。でもその「点」の瞬間。物凄い質量で襲ってくる喜び、苦しさを殴り飛ばしてくれるような歓喜があること。そしてその「歓喜」が一番濃い瞬間がこのライブという場所だと思っていることを彼は慎重に言葉を選びながら、でもとても率直に話す。
「本当の意味であなたたちに生かされています」
彼は僕たちに言った。
「もっともっと素敵な場所に行けて、もっともっと幸せになれる。一緒に行こう」と。もっと素敵な場所。僕も行けるだろうか。

壮大な物語の始まりを予感させる旋律が鳴り響き「カラノワレモノ」が始まる。彼らが初めて作った曲だという、「彼らの血みたいな存在」になっている曲。
「行くぞCOAST!」
ゆーまおの刻む力強いビートに合わせて、観客がジャンプする。巨大な会場が揺れる。
僕の目の前では彼女もジャンプしている!彼女はもう僕の目なんか気にしていない。流れてくる音楽に合わせて自由に踊り、楽しんでいる。

彼らは「輪郭」、「後天症のバックビート」、「踊るマネキン、唄う阿呆」、「MIRROR」と新旧織り交ぜた怒涛のセットリストを披露し、会場のテンションをますます高めていく。ゆーまおが激しい16ビートを刻み、イガラシがテクニカルなベースソロを見せつける。

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「まだ踊れるんじゃないですか!」
シノダの問いかけに対し、観客は、彼女は、ますます激しく踊ることで応える。

 

僕だってさっきから踊りたくて仕方がなかった

「ぶっ刺され新木場COAST!インパーフェクション フォー ユウ!」
シノダが六弦のビームライフルを操り、宇宙的リフを連射する。光速ロックナンバー「インパーフェクション」。
観客のテンションは最高潮に達している。誰もがステージを見つめながら踊り、跳ねている。

そんな中、僕の目だけは彼女の三つ編みを捉えていた。炸裂する高速のリズムに合わせて揺れる彼女の三つ編み。
踊る毛先の軌跡が不規則な図形を描き、いくつも現れては消えていく。それはまるで彼女の言葉にできない激しい感情を映し出すネオンサインみたいで、彼女自身だって存在に気づいていないその標識を、僕だけが見ている。そこに描かれる記号の秘密を解き明かしたいと、僕は強く思う。そのためにどうすればいいのかは、もうわかっている。とっくに準備はできている。
僕だってさっきから踊りたくて仕方がなかったんだから!

僕は音楽に合わせて踊り始める。手を上げて、跳ねる。とにかく体を揺さぶる。踊ったことなんてないから、たぶん僕は相当滑稽な動きをしているに違いない。でもそんなことはどうでもいい。もっと激しく踊りたい。僕の内側深くに潜んでいた、熱く不定形のものどもが僕を強固に支配する。もっと激しく踊れと言う。僕はもっと激しく踊りたいと思う。

「まだまだ踊り狂える準備はできていますか!」
wowakaが声を裏返すくらい目一杯叫ぶ。僕たちは手を高く上げ、ほとんど懇願にも似た歓声で以って彼に答える。もちろんまだ踊れると。まだまだ踊り狂えるよ、と。だから飛び切りのダンスミュージックをください!
本編最後の一曲。「トーキーダンス」!疾走感そのもののようなビートにあてられて、僕たちはめちゃくちゃに踊る。飛び跳ねる。彼女の三つ編みが意思を持っているかのように空中に何度もジャンプする。

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「踊っていいよ踊っていいよ」
僕たちに直接語りかけるみたいにして、彼らも歌う。ステージを駆け回る。楽器を振り回す。最後に僕たちは一つの巨大な音響装置となって彼らと合唱をする。
この日一番の拍手の中、ヒトリエはゆっくりと曲を終えた。

 

願いは届き、彼らは再びステージに戻ってくる

「どうもありがとうございました」
この日何度目かもわからない、僕たちに対する感謝の言葉を述べてヒトリエのメンバーはステージから去っていく。こちらこそどうもありがとう。僕たちの胸は充実感に満たされている。でももちろん、僕たちはまだ踊れる。まだまだ踊り狂える。
「もう一回!もう一回!」
アンコールの演奏を求めて、僕たちは手を叩き声を上げる。彼女も熱心に手を叩いている。
彼女の気持ちがわかる。僕は今、彼女と同じ気持ちを共有している。
僕たちの願いは届き、彼らは再びステージに戻ってくる。まだもう少しだけ、彼らの曲が聴ける。

アンコール一曲目の「プリズムキューブ」に続き、二曲目の新曲が終わると、間髪入れずテンポの速いドラムカウントが入る。次の曲へと続く序奏が轟音で鳴り響く。
「最後の曲です!」
もう僕にはなんの曲が来るかわかっている。

 

彼女はフロントエリアに向かって一直線に突き進んでいる

テーテレレ テーテレレ テレレレ。
「センスレス・ワンダー」のリフがシノダの指先から放たれる!
瞬間、彼女が定位置であったフェンスのそばを離れ、アリーナへ猛然と駆け出す。僕は予想外の展開に強烈に戸惑い、その場に立ち尽くしす。アリーナに飛び込んだ彼女は魚雷のように人波を貫き、フロントエリアに向かって一直線に突き進んでいる。

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僕は我に返る。こうしてはいられない!急いで彼女を追い、僕もアリーナへと進入する。手拍子をしながら前方に向かって人波をかき分けて進む。やっとのことで彼女らしき後頭部を見つけ後ろに位置をとろうとした瞬間、曲がサビに入り、なぜか僕を中心としたモッシュが発生する。僕は周りの観客と激しく体をぶつけ合う。
「どうしたいの?ねえ、どうしたい?」wowakaが歌う。

僕はこの状況を抜け出したい、と思う。
モッシュを抜け出す頃にはアリーナの遥か後方に押し戻されていた。
「これで終わりだー!」
ステージ上でシノダが叫び、今日のライブ最後のギターソロをエモーショナルに披露している。僕は彼女のもとへ行くことを諦める。ラストはそれぞれのメンバーが音を止めることを名残惜しむように、最後の一音まで丁寧に弾き終えた。
すべての演奏は終了し、彼らは二時間以上に及んだツアーファイナルを終えた。

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たぶん、この会場のどこかでは、彼女も同じことを思っていると思う

「ありがとう。ヒトリエでした。また会いましょう」
僕はひとまず彼女のことを忘れ、ひときわ大きな拍手と歓声の中ステージを去っていくヒトリエを見送る。
圧倒されたアクト。僕はまた彼らと「もっと素敵な場所」に行きたいと思う。たぶん、この会場のどこかでは、彼女も同じことを思っていると思う。
僕はライブの余韻に浸ることをせず、見失った彼女を探す。終演後であれば簡単に見つかると思っていたが、まったく見つからない。どこにいるんだろう。会場の隅から隅まで探し、それでも見つけることが出来ずに途方に暮れていると僕のスマートフォンが短く震えた。彼女からのLINEメッセージ。
「先に帰りました」
僕は心の底から深いため息をつき、「了解」のスタンプを彼女に送信した。

帰りの電車の中、最高のライブを見たのに僕は少し落ち込んでしまっている。彼女のことが気がかりだ。今日のライブが気に入らなくて一人で帰ってしまったのかもしれない。もしかしたらもう僕と会ってくれないかも……肩を落とす僕の手の中で端末が再び震える。
「たのしかった」彼女からの短い伝達。
僕が返信を考えて二十分程経過した頃、追加のメッセージが届く。
「とても」
僕は嬉しい気持ちになる。僕もたのしかったよ。とても。
僕はようやくライブの余韻に浸ることができる。

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プロフィール

wowaka(vo、g)、シノダ(g、cho)、イガラシ(b)、ゆ―まお(ds)からなる4人組ロックバンド。2014年、「センスレス・ワンダー」にてメジャーデビューを果たした。

ヒトリエ オフィシャルサイト
http://www.hitorie.jp/


 

リリース情報

2016.02.24 ON SALE
ALBUM『DEEPER』
非日常レコーズ

 

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この記事を書いた人

  • しおひがり

    しおひがり

    しおひがり/自らを“チープアーティスト”と名乗り、ポップでどこかメッセージ性のあるイラストや1ページ漫画等の作品をTwitterで発表。 普遍性と特異性の間をゆらめく作風で人気を博している。 次々と発表される作品を見れば見るほど「しおひがりってなに?」と知りたくなる「ちょっと変」なアーティスト。