生ける伝説「小沢健二」の意外と知られていない音楽以外での功績

「渋谷系」の中心人物・小沢健二

“おなじみの曲もやりますが、帰り道に体に残っているのは、新しい曲たちだと思います”(オフィシャルサイト「ひふみよ」より)

来たる5月25日のZepp Tokyoでの公演を皮切りに、全14公演からなる全国ツアー『魔法的 Gターr ベasス Dラms キーeyズ』を開催する“オザケン”こと小沢健二。2012年以来となる今回のツアーも、平日夜の公演を多数含むにも関わらず、チケットは争奪戦に。オザケン人気はいまだ健在だ。

小沢健二と聞いて、何を思い浮かべるだろうか。渋谷系の中心人物、「今夜はブギー・バック」の人、あるいは東大卒のエリート、家柄も良い王子様……といったイメージをもつ方も多いはず。

実際、その経歴を辿ってみると、父方の祖父に満州青年連盟長春支部長だった小澤開作、母方の祖父に下河辺牧場の創業者である下河辺孫一、そして叔父には小澤征爾というサラブレッドぶり。

そして東京大学文科Ⅲ類に在学中からフリッパーズ・ギターとして活動。1993年にはソロデビューを果たし、スチャダラパーや東京スカパラダイスオーケストラ、ヒックスヴィルのメンバーなどとも音楽的交流をもちながら、ヒップホップ、ソウル、ジャズ、R&Bと様々な音楽ジャンルを自覚的に横断。

テレビ出演の際も、ひとつの楽曲をその都度アレンジを変えて演奏するなど、常に聴衆を良い意味で不意打ちしてきた。

小沢健二をイメージするとき、こうした90年代の音楽活動をもってオザケン像が確立しており、その後の活動をご存知ない方も多いかもしれない。そこで以下では、“その後”の活動にも少し焦点を当ててみよう。

 

非音楽領域で非凡な言語センス、グローバルな視点、社会的見地を提示

小沢健二の楽曲における特筆すべき点としては、サンプリングを生かしたキャッチーなメロディはもちろんのこと、豊富な読書体験に裏付けられた歌詞、すなわち言葉のセンスが挙げられるだろう。

この類稀なる言葉のセンスは、歌詞という形式を超えても発揮され、雑誌「オリーブ」でのエッセイや詩を中心とした連載「DOOWUTCHYALiKE(ドゥワッチャライク)」では、伊丹十三ばりの食へのこだわりを、幸田文にも通じる何気ない日常や自然へのまなざしを、そして三島由紀夫を彷彿とさせるユーモアをもって、“オリーブ少女”たちを魅了した。

さらにその言葉のセンスを生かしながら、2005年から季刊誌「子どもと昔話」(小澤昔ばなし研究所)にて連載している「うさぎ!」では、広告、選挙、民主主義、プランド・オブソレッセンス(計画的陳腐化)、レイシズム、ドル・ギャップなど、私たちが生きているこの社会が抱える様々な問題について、ボリビアやメキシコなどで自らが見てきた体験を踏まえたうえで寓話の形式をとりながら疑問を投げかけていく。

なかでも2007年、日本社会臨床学会による「社会臨床雑誌」第14巻第3号に掲載された51ページにも渡る「企業的な社会、セラピー的な社会」は、セルフエスティーム(自尊心)の概念をていねいに説明しながら、それを巧みに利用して人々をコントロールしようとする企業の構造を指摘。学術論文にも引けを取らぬ充実した資料に基づき、自らの見解を述べたものであった。

渋谷系? 王子様? ブギー・バック? それだけではない。音楽、エッセイ、寓話、朗読……表現方法は違えども、それらには常に小沢健二のリズムが通底して流れている。

 

生きていくとはどういうことか、そして私たちが生きている世界とはどういうところなのか、そうしたいわば究極の問いに対し、その時々に最適と思われる表現方法によって自らの見方を提示する小沢健二。

その奏でるリズムは、ともすれば固定されがちな私たちの世界観を良い意味で不意打ちし、身体に揺さぶりをかけてくれる。そしておそらく今回は、音楽という形で。

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