実力派ラッパーであり、AAAのメンバー。ふたつの顔で二度メジャーデビューしたSKY-HIがスゴすぎる件

2016.03.12

SKY-HIというラッパーを知っているだろうか。

モテるキャラを引き受けた“二枚目ヒップホップ”を自認するラッパーであるSKY-HI。1月20日にリリースしたシングル「アイリスライト」が、ソロラッパーとしては異例のシングル週間チャートで初登場2位を記録。

さらに話題のフリースタイルMCバトル番組「フリースタイルダンジョン」(テレビ朝日系)のテーマソングである「Enter The Dungeon」も担当するなど、今や日本のヒップホップシーンを担う存在だ。

今回は、そんな飛ぶ鳥を落とす勢いで活動しているSKY-HIの、デビューまでの唯一無二の軌跡を紹介しよう。

 

メジャーアーティストとアンダーグラウンドラッパーの「二重生活」


2013年に、ラッパーとしてメジャーデビューしたSKY-HI。彼はラッパーとしてデビューする以前から、AAAのメンバー・日高光啓として2005年から音楽活動をしていた。AAAとしては、第47回日本レコード大賞 で最優秀新人賞を獲得するなど、アーティストとしてのキャリアは順風満帆。

しかし翌年の2006年に、SEEDAの「花と雨」やKEN THE 390の「プロローグ」によってあらたな盛り上がりを見せた “日本語ラップシーン”に大きな衝撃を受ける。

それ以来、日高はクラブのオープンマイク(クラブ内で、誰でも飛び入り参加OKで、皆でフリースタイルをすること)や街中のサイファー(輪になって皆でフリースタイルすること)に通い、ヒップホップの現場で腕を磨き始めた。

その後「SKY-HI」というMCネームを名乗り、「AAAのラップ担当の日高光啓」と、「ラッパーのSKY-HI」としての“二重生活”を開始。

自宅での録音環境を揃えたSKY-HIは、AAAとしての仕事が終われば自宅に帰ってレコーディング。週末にはパソコンで大量に制作したデモCDを持って、クラブに行くという生活を送った。

2009年には、「AAAの日高」であることを明かさず、SKY-HIとして国内最高峰のフリースタイルバトルイベント「UMB」の東京予戦に出場。惜しくも2回戦で敗退するが、それ以降徐々にラッパーとして頭角を現していく。

SKY-HIは2006年から2009年の期間を「バトルやサイファーやオープンマイクみたいな、“マイクを握るチャンス”があれば、絶対にマイクを握って何か爪痕を残せるように頑張った。フリースタイルとその先にあるライブが生き甲斐だった」と振り返っているほど、精力的にアンダーグラウンドでの活動を展開していた。

 

地道で精力的な活動で掴んだメジャーデビュー


AAAとして紅白歌合戦初出場を果たした2010年以降も、活動を控えるどころかさらにラッパーとしての活動に力を入れていったSKY-HI。

まずは、その年を代表する4曲をビートジャック(他のアーティストの曲に合わせて、自分のリリックでラップすること)した作品をYouTubeにアップする自主企画「JACKIN’ 4 BEATS」で、スキルの高さをヒップホップファンに納得させる。

次に、有名ヒップホップサイト・Amebreakとのコラボ企画「FLOATIN’ LAB」では、月替わりで様々なラッパーやビートメーカーと共同制作して楽曲を数多く発表するなど精力的に活動した。

その後、レーベルBULLMOOSE設立。初のワンマンライブを成功させ、2013年にはシングル「愛ブルーム/RULE」で見事メジャーデビューを成し得る。

ストイックな努力とラップに対する強い情熱で今の成功を掴んだSKY-HI。今冬にリリースされた渾身の2ndアルバム『カタルシス』も、今の日本語ラップシーンを知るには聴き逃せない一枚なので、ぜひチェックしてみてほしい。

SKY-HI オフィシャルサイト

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