印象派 SINGLE「MABATAKIしないDOLLのような私」ディスクレビュー

MABATAKIしないDOLLのような私

SINGLE

印象派

MABATAKIしないDOLLのような私

eninal

2013.11.06 release

MABATAKIしてもお得なセット <CD>
通常盤 <CD>
※タワーレコード限定


点と点を線に結ぶのはあなたであるという、ポップ哲学

 確信犯的であると同時に無自覚な様相を見せる破壊力と構築美。アンチノミーであるはずの命題とオルタナティブであることの境界線を、ナチュラルに解いてしまっているからこその野蛮なクリエイティビティがなんとも刺激的だ。“相対性理論以降”というキーワードとはまた異なるベクトルで、捉えどころというものが蜃気楼のように揺らめく新奇なポップネスが浮かび上がっている。

 印象派は大阪在住の現役OLでもあるmica(vo)とmiu(vo、g)のふたりから成るユニットだ。説明するまでもないが、このユニット名はモネの絵画作品「印象・日の出」を由来とする、19世紀後半にフランスで勃興した芸術運動からとっている。ただ、資料によると、当時、一部では印象派というジャンル名が、理解不能なアートとそれを手がけたアーティストに対する蔑称としても使用されていたというエピソードにこそふたりは感銘を受けたという。

 なるほど、つまりこのユニット名はふたりの大胆不敵な野心を端的に言い表していると言えるのだろう。ある人にとってそれまで理解の範疇を超えていたある創造性が、ある作品に触れたある瞬間から、どうしても手放しがたいものになるのはよくあることで、前後の振幅が大きければ大きいほどその創造性の中毒性は高まる。

 今年6月にリリースした1stミニ・アルバム『Nietzsche』(ニーチェ)では、完全人力のアプローチでロックとダンス・ミュージックをめぐる肉体的な機能と快楽を躍動的かつ無機質に掛け合わせたサウンドに、ツイン・ボーカルを巧みに使い分けながら浮遊感に満ちたままま舞い踊るメロディを乗せ、鋭利なメッセージが潜むリリックをサブリミナル的に明滅させることで、“情報と余白”がスリリングに反転を繰り返す音楽像を提示してみせた。

 そして、未完成であることを逆手に取っているとも見える1曲完結型の独立したインパクトは、このニュー・シングル「MABATAKI しない DOLLのような私」で決定的に全開となっている。粘着質なファンクネスにまみれたリズムとギターのカッティング、キッチュなリフと奥行きを担うシンセ・ワークが妖しげに絡み合うサウンドにニヤリとしていると、そこに平熱の体温を漂わせるフロウ(それは同じくOL2人組のエレクトロ・ヒップホップ・ユニット、Charisma.comにも通じる)でラップを刻むmicaとmiuのマイクリレーが展開していく。ANATAKIKOUに託したリリックは、不安定なメンタルを抱えながらシングル・ライフをサバイブする女性の孤独と自意識が淡々と揺動し、劇的な転調によって迎えるフックのメロウな旋律に付けられた、印象派のポップ哲学を要約しているとも思える“点と点と点 点と点を線/線で点と点 LINK,LINKする”というフレーズによって、楽曲全体が異様な神秘性に包まれる。このアンバランスな気持ちよさは、はやり並びないものがある。

 おそらく、印象派は音楽的なイメージを限定しないまま、あるいは完成することを拒みながら点の進化を続けるのだろう。それがリスナーのなかで1本の線として結ばれたとき、このユニットの全貌が本当の意味で明らかになる。だからこそ、早い段階で多くのリスナーに注視してもらいたいと思う。

(三宅正一)

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