BLUE ENCOUNT – 昨年メジャー・デビューを果たし、数々のフェス等での快進撃も話題の彼ら。1stシングル「もっと光を」にいたる、バンド葛藤の日々も含め話を聞いた。

BLUE ENCOUNT

昨年9月、EP「TIMELESS ROOKIE」でメジャー・デビュー。熱く激しくエモーショナルな歌とサウンド、ライブ・パフォーマンスが若いロック・ファンに支持され、“次世代エモ・ロック最重要バンド”と大きな注目を集めるBLUE ENCOUNT。昨年末は自身最大規模となる全国ツアーも成功させた彼らが、2015年1発目にリリースする1stシングルは、全国ツアーでも本編ラストを飾り、多くのファンを感涙させた「もっと光を」。不遇や迷いの時期が続き、戸惑いや間違いと向き合い続け、<光は誰もくれない、だから進むんだ>と前向きかつシンプルな答えに辿り着いた彼ら。たっぷり感情を込めたまっすぐな歌と演奏で、<もっと、「光」を「君」に届けたくなったよ>と今の真正直な気持ちを歌うこの曲は、彼らの名をさらに広く世に広めることになるであろう大名曲! 彼らの転機となった代表曲「HALO」を含む、2012年発売のインディーズ2ndミニ・アルバム『HALO EFFECT』発売時の話から、「もっと光を」に辿り着くまでの話をじっくり聞いた。

INTERVIEW & TEXT BY フジジュン

 

潜在的に染み付いている、苦労から生み出したポジティブさ

──WHAT’s IN? WEB初登場となる、BLUE ENCOUNT。個人的には先日、別の取材でみんなに話を聞きに来て、「2年くらい前にライブを観てるんです」なんて話したんですけど……それどころか、実は3年前に音楽誌『PATi▶PATi』で取材をしていたことを思い出しました(笑)。

田邊駿一 えっ!?(当時の掲載誌を見ながら)わぁ、ホントだ。僕、この間お会いしたときに言おうと思ってたんですけどね……。

──ワハハ、嘘つけ! みんなも忘れてたでしょう?(笑)

田邊 でも、本当に思い出しましたよ! この取材の日に今のマネージャーさんと初めて出会って、この頃から状況が変わってきて……。

──このときは、2012年4月にインディーズからリリースした2ndミニ・アルバム『HALO EFFECT』について話を聞いているんだけど。この作品に収録された「HALO」のMVが、BLUE ENCOUNTをみんなに知ってもらうキッカケになったり。実はこの直前、辻村(勇太)くんが脱退するという話になっていて、アルバムを出してツアーをやって、それでもダメだったら解散するって言ってたくらいバンドにとっては重要な時期だったんですよね?

田邊 そうです。今話していただいていろいろ思い出してますけど、“もしかして、この頃のことを忘れようとしていたのかな?”とも思いますね。僕たちの中ではすごく厳しかった時期で、いいアルバムが出来た手ごたえはあったけど、ライブをやってもソールド・アウトしないし、ツアーをやっても全然人が来ないという状況で。この頃はアルバムが出来た喜びと同時に、未来に対する不安がすごくあった時期なんです。今でこそ、「あの頃があるから、今がある」とか言えますけど、今そのときと変わらない環境だったら、「絶対に無理」と言いたくなる状況だったし、振り返ったとき、“よくバンドを続けられたな!”と思いますね。

高村佳秀 考えが麻痺していたのか、今考えると“恐ろしいな”と思うことも、あの頃は当たり前だと思ってましたからね。このインタビューのとき自分が何を考えてたのか、今は全然わからないです(笑)。

──“バンドマンとはこういうものだ”みたいな、へンな慣れやあきらめもあったんでしょうね。

田邊 絶対あったと思います。もう、一日一日を生きることに必死というか、日雇い感でバンドや生活をしていて。

辻村勇太 だから、あの頃は未来が不安ばかりだったよね?

田邊 そう。でも、だからこそ同じ境遇に立っている人と気持ちを共有できる部分もあると思っていて。今はスイッチを押さないと、あの頃の気持ちって思い出せないですけど、潜在的に染み付いている、苦労から生み出したポジティブさというのが僕らにはあって。今回の「もっと光を」では、そこが如実に出たんだと思うんです。

──そうですね。<戸惑いと間違いと向き合って気がついた 光は誰もくれない、だから進むんだ>という歌詞もあります。

田邊 はい。歌詞は30分くらいで書き上げたんですけど、筆を持った瞬間、自分の根底にあったものがバッと出て。あのときの苦労がいまだに強く心に残っていて、大きな財産になっているんだろうなとすごく思います。あの頃、ギリギリで一日を生きて、ギリギリで次の朝を迎えてという生活をするなかで、極限の状態でも生きていける力も付いたんだと思う。去年とてつもなく忙しい1年を送らせていただいて、年末にお財布の中のレシートと共にスケジュールを見て1年を振り返りながら、“よく、このスケジュールをこなしたな!”と思いつつ、“メジャー・デビューという自分たちの夢がやっと叶ったのに、弱音なんか吐いてたら終わりだろう!?”とも思って。あの頃の気持ちがあるからこそ、どんなに忙しくても頑張れるし、「もっと光を」が生まれたんだろうなというのは、すごく思います。

辿り着いた、僕らなりのひとつの答えが「もっと光を」

──当時、辻村くんが「言いたいことを言い合って、遠慮ナシに歌や演奏を入れられた」と語っているんですが。逆に言うと、それまではバンド内で遠慮し合って、言いたいことも言えなかった状況だった?

辻村 そんなこと言ってます? じゃあ、そのときに自分の中でも吹っ切れたんでしょうね、今、考えると。

田邊 あの頃は辻村がすごいストイックで。今でも忘れないのが、「HALO」のレコーディングのとき、江口(雄也)がなかなか弾けないフレーズがあって、それを見ていた辻村がスタジオの外にバッと出て行ったから、「どうした?」って背中叩いたら、尋常じゃないくらい熱くて。“コイツ、いろんな気持ちを背負ってんだろうな”と思ったんですけど、辻村は口に出さないんです。今でこそ思ったことを口に出すけど、当時は黙っていろんなことを背負ってる感じだったというか。時々顔に出るから、「怒ってる?」って聞くんですけど、「怒ってない」って。

辻村 実際、怒ってはいないんですよ。その当時は口に出しても何も変わらないなと思っていて、ある種、あきらめてたんでしょうね。「HALO」の頃は今と違って、それぞれやりたいことはたくさんあるけど、方向性が正確に定まっていない感じで。今みたいにメンバー同士の話し合いも全然しなくて、それぞれが自分の直感を信じてひたすらやるという感じだったので。だから、今、昔の音源を聴くと、4人が同じ方向は向いてるんだけど、音が整理されていなかったりして。

──それがアルバム『HALO EFFECT』くらいからちゃんと言葉にして、同じ方向を向くことができるようになったわけですね。

田邊 そうですね。それでもやりたいことがたくさんあって、これまでルール無用でやってきたんですけど。いろんなことをやり続けてきて辿り着いた、僕らなりのひとつの答えが「もっと光を」だと思うんです。楽曲ってセオリーとして、イントロがあって、Aメロ~Bメロ~サビというのが王道だと思うんですけど、「もっと光を」ではハナからセオリーを覆したくて。BLUE ENCOUNTの代表曲になると思っていたので、そんなセオリーも凌駕するくらい、楽曲に勢いや魂を込めたいと思ったんです。

──作っている最中から、「代表曲になる」と思ったんですね。

田邊 はい。リスナーも僕らと同じように、見えないものにもがいて、雲を掴むような思いをしていると思うし、「僕らも同じだよ」って言うだけで少し楽になってくれるとも思うので。そこを率先して担っていくためにも、楽曲に魂や気持ちを込めることがすごく重要だと思って。いいところだけじゃなくて、僕らも必死で雲を掴むようなことをして、掴んでは離してという、もがいてる姿も見せていかなきゃいけないなと思うんです。そういう気持ちは「HALO」の頃から、あまり変わらないと思うんですけどね。

僕らのもがいてる様を見ながら、自分なりの答えを見出してもらえれば

──うん、当時のインタビューでも「ライブにも直結する部分だと思うけど、僕らの汗と人間味みたいなところは作品にも反映していて」と語ってて、言ってることは何も変わらないですよね。そこで流行りだったり、ジャンルだったり、時代だったりが味方した部分もあると思うけど、その溢れ出る気持ちと楽曲とが合致したのが「HALO」だったと思うし、そんな曲がバンドの存在を知らしめることになったのは必然だった気がします。

田邊 そうですね。現状を打破する武器をかき集めて、結果的に出来上がった曲が「HALO」だったと思います。ただその頃、僕らは「HANDS」をメインで売り出そうとしていて。「HALO」に注目して、フューチャーしてくれた流通会社の方々にもすごく感謝しているんです。あの時期、マネージャーさんもそうですけど、僕らをまっさらな目で見て、新しい風を吹かせてくれる人が何人か現れて。昔から知ってる人には“BLUE ENCOUNTは終わった”と思われるくらいの時期でもあったんですけど、そこから再構築できた感はありますね。

江口雄也 あの頃、どこかあきらめもあって。「お客さんが増えることなんて、都市伝説だ」くらいのスネた気持ちもあったよね?

田邊 そうそう。「フェスなんて、どう出ればいいんだ?」って。どう出ればいいかもわからないし、「あんなの大人の作った出来レースだ!」とか言ってましたから(笑)。気持ちもすさみきってて、その頃の気持ちが今作の「ワナビィ」に込められていたりするんですけど。まぁ、今考えたら、頑張るにも、何を頑張ったらいいのかも全然わからないから、そりゃ腐るよなとも思いますね。

辻村 そうだね。それでもお客さんの反応は気になるからアンケートを配ったり、ほかのライブに行ってチラシを配ったり、現状を打破したいって気持ちで、わからないなりに頑張ってはいたんですけど。

──頑張るほどに空回りしてる気がして、虚しくなったりするんだよね。あと、「ワナビィ」のように、焦りと嫉妬ばかりが生まれて。

田邊 そうそう。変なラブ・ストーリーみたいですよね、嫉妬や愛憎にも似た気持ちがあって(笑)。それでも僕らには音楽しかないこともわかってるから、言い訳ばかりして、背伸びして自分を良く見せてたんですけど、本音を言うと不安しかなかったです。

──でも、その頃も“誰かの光になりたい”というのは願って、信じて歌い続けてきたわけですよね?

田邊 そうですね。その頃から今に繋がるライブ魂が、自然と生まれてきた感があって。歌詞にあるように、<これ以上誰かがこの思いを繰り返さないように>って気持ちで、僕らのもがいてる様を見ながら、何か自分なりの答えを見出してもらえればいいなと思うようになって。だから、“後光”という意味の「HALO」というワードが出てきたり、“光”という言葉がよく出てくるようになっていましたね。

ルール無用でやってきたBLUE ENCOUNTのすべてを入れちゃおう

──昨年9月にリリースした、メジャー・デビュー盤「TIMELESS ROOKIE」はどんな気持ちで取り組んだ作品だったんですか?

田邊 “4曲だけどベスト盤”をテーマに、メジャー・デビューという夢を掴んだとき、デビューの門をセオリーどおりのやり方でくぐりたくないと思ったので、“これまでルール無用でやってきたBLUE ENCOUNTのすべてを入れちゃおう”って気持ちで取り組んで。変に気負わず、遊び心も持って作れましたね。

辻村 『HALO EFFECT』の頃との一番の違いは、自分たちのやっていることに自信や確信が持てるということでした。あの頃は自分たちの将来への不安があったから、自信も持てなかったけど、今はこれまでの経験があるからこそ、4人がここに立てているんだっていうのをわかっているので。“田邊はこういうことが言いたいんだ”っていうのをみんなで話したうえで、攻めたフレーズも迷うことなく出せたし。ここまでライブで一緒に戦ってきた、お客さんへの信頼もあったので、“きっと付いてきてくれるだろう”とか、“新しいリスナーもきっと好きになってくれるだろう”って確信もあって。自信作って、こういうことを言うんだろうなと思いましたね。

田邊 4人とも不安が強いんですよ! “これはどう? ホントにいい曲だと思ってくれてる?”って、いちいち不安に思っちゃう(笑)。僕なんて、初ライブで初めて人前でオリジナル曲をやったあと、MCで「今の曲どうだった?」って聞いちゃったんですから。

──わははは! 恥ずかしいエピソードだなぁ!!(笑)

田邊 そしたら、ひとりの女の子が「カッコいいです!」って言ってくれて、その声が入ったMDを、熊本に帰ったときにいまだに聞き返すというのが通例になっていて(笑)。

江口 その曲、「SWEET WORLD」でしょう?

田邊 そう、「SWEET WORLD」(笑)。ヤベェ、超恥ずかしい!!(笑)

辻村 だっせぇタイトルだなぁ。中2感丸出しだね(笑)。

田邊 ホント、“中2感”ってこのことだよね。あの頃の俺のネーミング・センス、ヤバいね! この話は本邦初公開です(笑)。

高村 よく、そのひとりの子も「カッコいい」って言ってくれたよね?

田邊 ホントだよ! でも、そのひと言がうれしくて、あの日は二次会まで行ってるからね(笑)。高校生でまだお酒が飲めなかったから、ロッテリアで打ち上げして、そのあとに高村の家でジュースで乾杯して……。

江口 アハハ。あの頃、ホントに楽しかったねぇ~。

──BLUE ENCOUNT、仲いいなぁ(笑)。

田邊 でも、無垢ってそういうことを言うんでしょうね。あの頃は希望しかなかったですからね! あのときの気持ちを忘れちゃいけないですね。音楽を始めたばかりのときのほうが、確実に夢見れてましたから。あの頃は自分たちが野外フェスに出る画がハッキリ見えてましたもん。野外フェスに出て、ツアーで全国回って、ツアー先のホテルに気持ちよく帰ってきて、部屋を間違えて笑って……みたいな未来の画が想像できてましたからね(笑)。それが現実を知って、「お客さんが増えるなんて、都市伝説じゃねぇの?」なんてスネる時期を経て、今やっとあの頃描いた未来が現実になりつつあるという。

バンドをやってきた何年かを一曲一曲にしっかり投影する

──いい話だなぁ。でも、そんな経験も経たからこそ、「LIFE」では<Live your life the way you want So far>と。“あなたは生きたいように生きて”と力強く歌うことができるわけですよ。

田邊 うまく繋いでくださって、ありがとうございます(笑)。でも、本当にそうですね。今回、シングルに収録する3曲を作ったときに思ったのは、曲数は関係ないなということで。僕は最初、シングルにすごく否定的で。曲が少ないと物足りなさを感じるんじゃないかと思っていたし、ミニ・アルバムくらいないと伝わらないんじゃないかと思っていたので、僕らみたいなバンドはミニ・アルバムを量産したほうがいいと思っていたんです。でも、改めてシングルと向き合ったとき、曲数じゃなくて、一曲一曲の重さが重要で、バンドをやってきた何年かを一曲一曲にしっかり投影することがCDを出す意味なんだと思ったんです。そういう意味でシングル3曲でも、バンドの10年を表現できると思ったし、実際に重みのあるシングルを作れたことで自信もついたし。「もっと光を」がリリース前から、ライブ・アンセムになりつつあって、今後、この曲がバンドとしての世界をもっと変えてくれると思うし、それと同じ質量の曲が3曲揃ったとも思うので、すごく良いシングルになって、大満足してます。2015年、最高の幕開けになりました!

──2015年、目に見えるところでの目標はありますか?

田邊 アルバムですね。「今年はアルバムを出したいね」と話していて、今まさに曲作りが始まろうとしているんですが……シングルでこれだけのものが出来ちゃったから、“アルバム制作って、こんなにも大変かね!?”と思わされてます。シングルを作るのにも100曲くらいデモを出していて、苦労しながらも作品ごとに自分たちを更新できているので。このやり方のままフル・アルバムなんか作ったら死んじゃうんじゃないかと思って(笑)。今が一番元気な時期で、しばらくしたらだんだん顔色が悪くなっていくと思うんですけどね(苦笑)。去年1年間で得たものと、これまで10年間に得てきたものをうまく繋ぎ合わせて、最高のアルバムが作れるように頑張ります!

DISC INFORMATION

SINGLE 2015.01.28 release
「もっと光を」
キューン・ミュージック

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初回生産限定盤<CD+DVD>
通常盤<CD>
【CD】①もっと光を②ワナビィ③LIFE

「もっと光を」Music Video

LIVE INFORMATION

“TOUR 2015 GRAB THE LIGHT”
5月23日(土)名古屋 DIAMOND HALL
5月30日(土)福岡 DRUM LOGOS
6月6日(土)大阪 BIGCAT
6月12日(金)東京 Zepp DiverCity(TOKYO)

“JAPAN’S NEXT vol.6”
2月8日(日)東京 代官山UNIT
“NO BORDER”
2月11日(水)北海道 札幌 cube garden
“HAPPY JACK 2015”
3月14日(土)熊本B.9V1、V2、V3、Django、ぺいあのPLUS’
“音祭 2015 in KAGOSHIMA”
3月17日(火)鹿児島CAPARVOホール
“音祭 2015 in FUKUOKA”
3月20日(金)福岡DRUM LOGOS
“VIVA LA ROCK 2015”
5月5日(火)埼玉 さいたまスーパーアリーナ

PROFILE

田邊駿一(vo、g)、江口雄也(g)、辻村勇太(b)、高村佳秀(ds)。2007年に地元・熊本で結成。2010年に1stミニ・アルバム『the beginning of the beginning』をインディーズで発表、その後、2枚のミニ・アルバム等をリリース。2014年2月に発表した1stフル・アルバム『BAND OF DESTINATION』がオリコンウィークリーインディーズチャートで2位を獲得。その後、“SUMMER SONIC”や“MONSTER baSH”など夏フェスにも出演を果たし、9月にEP「TIMELESS ROOKIE」でメジャー・デビュー。

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