米津玄師 – 自らをしっかりと見つめ歩み続ける米津玄師。彼から届く2015年最初のシングルは、“花でできた壁”。その意味を探る。

米津玄師

米津玄師にとっての2014年は、彼のアーティスト人生の中でも大きなターニング・ポイントとなった。6月に行われた初めてのライブ“Premium Live 帰りの会”に続き、12月には大阪、福岡、東京でツアー“帰りの会・続編”を開催。ライブという場にあらたな自己発見を求め、一つひとつ階段を昇ってゆく姿は、愚直なまでに純粋で感動的なものだった。ニュー・シングル「Flowerwall」の持つ力強い推進力と共に、2015年の米津玄師はさらに速度を増し、開放感を増し、革新的な音楽を届けてくれるはずだ。

INTERVIEW & TEXT BY 宮本英夫


自分が今どの段階にいるのかを、ちゃんと知っておきたかった

──3本とはいえ、初めてのツアー。どうですか? 終えた感想は。

楽しかったなぁ、というのがまず第一にあって。ここはもうちょっとこうしたほうがいいとか、至らなかった点もいっぱいあったけど、もうちょっとやりたかったです。3本だけだったから、もうちょっとやってたら、また違う感想も出るんだろうなと思うし。場数をどんどん踏んでいきたいって、今は思いますね。

──よかった。もういいです、とか言われたらどうしようかと(笑)。

それだけは言いたくなかった(笑)。

──大阪、福岡、東京。毎回、感じることは違いました?

ああ、そうですね。お客さんのノリも全然違うし、自分も同じことをやってるつもりではいるんだけど、全然違うところもあるし。あそこではできたけど、あっちではできなかったとか、ありましたし。なるほどなぁという感じです。同じことを複数の箇所でやるのはこういうことなのかと思いましたね。

──ツアーに臨むにあたって、何か、ポイントにしていたものはあったんですか。これを確かめたかったとか、これがうまくいけば成功だとか。

自分がどこにいるのかを知りたかったので。まだそこに立ってすらいない状態だったから、自分が今どの段階にいるのかを、ちゃんと知っておきたかったんですね。だから最初のツアーは……なんて言ったらいいんだろう、プレーンなライブというか、あんまり特殊なことはしたくなくて。自分がいちばん馴染み深いバンドという形式で、特殊なことはせず、ただ生身のままステージに出て行くことを一回やってみたくて。それによって、自分がどれだけできて、どれだけできないのか、やってみた結果ちゃんとわかるだろうと。それは自分でわかりましたね。そこにちゃんと立って、これからどうしていこうかな? というのは、今なんとなく筋道は立ってます。

──その、できたことと、できなかったことというのは、具体的に言うと?

できたことは、もの怖じしなかったこと。ちゃんと楽しむことができたのが、いちばん大きいです。できなかったことというのは、どっちかというとそっちのほうが多いんですけど、技術的なことですね。ちゃんと歌に注ぐ意識が足りなかったとか。

──セットリストは、どんなところにポイントが?

「パンダヒーロー」という、ボカロ曲を初めて入れたんですけど。それをどういうふうに見せるか、結構悩みました。もしかしたら、これを知ってる人はライブには来ないのかな? と。でもイントロの段階でみんな喜んでくれて、ああよかったと思いました。

──それは単純に、曲が好きだから入れたんですか。

ボカロ曲をライブでやりたいとは思ってたんですよ。今だったらどう演奏するかやってみたかった。でも前回のタイミングでは間に合わなかったので。

──前回との違いと言えば、「サンタマリア」、やらなかったですね。

ああ、そうですね。

──大好きな曲なので。個人的にはすごく聴きたかったんだけども。

前回のライブで「サンタマリア」は、「Flowerwall」の位置(アンコール1曲目)にあったんですけど。それは「Flowerwall」が「サンタマリア」の次である、というつもりだったんです。それで今回やらなかったんですけど。

──ああ、なるほど。MCについては?

MCは……ある程度、ここでこういうことを言ってというのは、初日の大阪の前に考えてたんですけど。でも、そういうのはあんまり向いてないなと思ったんですよ。事前に決めてしゃべるのは向いてない。大阪でそれをやったんですけど、全然うまい具合にしゃべれなくて。それが嫌だなと思ったんですよ、用意してある感じが。だからそれをやめて、その場でしゃべろうと。そのほうがいいと思ったので。

──言ってましたね。「ここでMCタイムですが、何も決めてません」って(笑)。

そうそう(笑)。

──「生きてていいことって、あんまりないよね」って、いきなり言い出したときは、みんなざわつきましたけどね。この人は何を言い出ってるんだろう? と。

ははは。

──結局言いたかったのは、でも今はすごく楽しいということだった(笑)。

本当に何も考えてなくて、口を突いて出たのがそういう言葉だったんですよ。いきあたりばったりでしゃべったら、ああなっちゃった(笑)。

──あとMCで印象に残ってるのは、「もっと大きな会場でという話もあったけど、一個一個積み上げていきたかった」という。「外側だけでかくて、内実が伴わなければ、ハリボテになるだけ」だって。あれはものすごく率直な、いい言葉だと思った。

やっぱり、そうだと思うんですよ。そういう意味で言うと、僕は自分の力を過信してないです。自分にたいしたことができるとは思ってなくて、このライブも始まる前から、自分にはおそらく楽しむことしかできないだろうと。そこだけを頑張ろうと。最初からすべてできるとは思ってないから、自分がここはやれるだろうと思ったところは、全力でやって。結果、お客さんも楽しめて、自分も楽しめたらそれでいいなと思ったんですよね。……何の話でしたっけ?

──個一個積み上げていきたいって。

ああ、そうそう、だから、しょうもないことはしたくないんですよ。例えば武道館ドリームみたいなものを、僕はさっぱり信じてなくて。そもそも武道館でやることが、一種のステータスになるということを、つい最近まで知らなくて。なんでみんなそんなにやりたがるのかな? ってずっと思ってたんですね。それぐらい、ライブというものに対して何も知識がない。大きいところでやりたいと思ったこともない。だから、自分がやりたいと思えるところからやるべきだなと思いましたね。

──あと、客席にいて思ったのは、お客さんも米津くんの新しいチャレンジを応援したいという気持ちを、すごく感じたんですよ。語弊があるかもしれないけど、支えてあげたいというような。それがすごくいいなぁと。

相互作用がありましたね。それは、ものすごく助けられました。

引っ越ししてみたら、すごい曲が書けるようになった(笑)

──じゃあライブでもやった新曲「Flowerwall」の話、いきますか。これはもう、シングルになる曲を作ろうということで?

―あの、そもそも僕が曲を作るときは、全部シングルだと思って作るんですよ。だから、シングルとして出すつもりがあったのか? と言われたら“はい”です。でも最終的に決めるのは周りのスタッフだし、僕はどれがシングルでもかまわないので。そういう意味で言うと、“別にそうでもない”という言い方もできる。この曲は……夏に引っ越しをしたんですね。引っ越しをした理由は、あんまり曲が書けなくなってきて。珍しいことではないんだけど、時期的なことや精神的なことで書けなくなってきたから、気晴らしに引っ越しでもしてみようかと。

―ああ、環境を変えて。

引っ越しすることによって精神状態も変わるだろうと思って、引っ越ししてみたら、すごい曲が書けるようになった(笑)。

──あはは。すごい即効性。

そこで10曲ぐらい作って、その中の1曲です。「Flowerwall」は。

──風水がよかったのか(笑)。部屋が広くなったとか?

部屋が広くなって、景色もいいところに移れたんで。前の部屋は、目の前にマンションが立っちゃって、カーテンも開けられない状態だったんですけど。今の部屋はすごい開放感があって、たぶんそれはすごく関係してるんだろうな。

──そうかもしれない。

サッとできた、というわけでもないですけど。いろいろ考えるところはありましたけど、はたしてこういう曲を作るべきなのか? とか、そういうところで悩むことはまったくなかったです。

──編曲は蔦谷好位置さんと米津くん。これはどういうふうに?

前回蔦谷さんと一緒にやったときに、すごくいいものが出来たから、今回もやってもらおうかという、自然とそういう流れになりました。まず最初に僕がアレンジをかっちり作ったデモ音源を用意して、それを蔦谷さんに渡して。蔦谷さんが直してきたものを、また僕が直して。

──そういうやり方だと、何がいちばん変わるんですか。最初の段階と。質問

基本的には一緒なんですけど、僕のデモと。そこから一個昇華してくれるというか、自分が絶対できないような、細かいところを補ってくれる。ああなるほどなと思って、勉強にもなるし、すごい人だなぁと素直に思います。

──それは例えば?

最初に僕が、僕なりのベストの状態でデモを作って、提出するんですね。そこから返ってきた音源を聴くと、僕が作った音源の特色はそのままにしておいて、なんというか、ちゃんとポップになる。ちゃんといい曲になるというか。蔦谷さんはすごく理解があって、俺がずっとひとりで作っていて、自分だけでアレンジをやってきた過去があることを理解してくれてるから、蔦谷さんが直してきた音源を、“米津くんのほうで勝手に直していいよ”って言ってくれるんですよ。よし、じゃあ直してみようと思って、直すんですけど、直らないんですよ。本当に理路整然と成り立ってるから、ひとつの音を直しちゃうと、こっちが成り立たなくなって、そっちを直すと今度は違うところが成り立たなくなるという、バランスで出来上がっているので。何もやりようがないというか。僕も意地になって、直そう直そうとしたんですけど、結局直らなかった(笑)。それがいちばん良かった。

──これは本当にいい曲だと思うんだけども。僕が感じたのは、まるで心臓の鼓動のように正確に、坦々と進むリズムの上で、感情が昂ぶったり飛び散ったりしながら、やがて坦々としたところに戻っていく、というような。力強く一歩一歩前に進んで行くようなイメージを、強く感じる曲ですね。

僕が作ったデモを蔦谷さんに投げる段階のときに、面と向かっていろんな話し合いがあったんですけど。僕が一個キーワードとして、「EDMにしたい」と言ったんですよ。EDMのある種の軽薄さというか、カラッとした感じがこの曲にはいいんじゃないかな? と思ったので。それを言って、返ってきたものが、すごいEDMで(笑)。それはそれですごく好きだったんですけど、そこからいい塩梅を探っていくうちにこうなった、という感じなんですけど。

──ああ、最初はもっとライトな感じだった。完成したものを聴くと、もっとしっかりと地面を踏みしめて歩いているように聴こえるけれども。

そもそもは、そうだったんですよ。結果的にもとに戻ったというか。僕は心の中でEDMにしたかったんですけど、でもそれはうまく合わなかった。一回EDMを経由して、“やっぱり違ったね”と。

──歌詞も含めて、心の中の思いを強く吐き出す曲だから、軽薄なビートは合わない気がする。でも逆に、そうしたかったのかな。ディープになりすぎないように。

あんまり重々しくしたくなかったんですよ。

──その気持ちは、すごくわかります。

 

価値を見出すのは人間でしかない

──歌詞は最初からこのまま?

はい。

──非常にストレートな歌詞なので、説明させるのもなんですが。どうやって浮かんだ言葉ですか。

最初は、一番のサビの歌詞です。“目の前に色とりどりの花でできた 壁が今立ちふさがる”から、“いつまでも手をつないでいた”まで。そこを軸にして作っていきましたね。

──目の前に立ちふさがる壁というのは、困難や悩みの象徴としてよく使われるけれども。花でできた壁、ですからね。このイメージが、すごく面白いなと。

それそのものは、良くも悪くもない。そういうものばっかりじゃないですか、結局のところ。

──と言うと?

そのもの自体は別に価値があるわけでもなく、価値を見出すのは人間でしかないと思うんですよ。それは宝石とかもそうだし。とらえようによっては、どういうふうにもとらえられることがあるじゃないですか。普通に生きてるだけなのに、自分が今、天国にいるのか地獄にいるのか、わからなくなったりする。もしかして今自分は天国にいて、ものすごく幸せなんじゃないか? と思うこともあるし、次の瞬間には、ものすごく不幸なんじゃないか? と思うときもある。自分ひとりでは定義できないことが、身の周りにはたくさんあるなぁと思って。

──ああ。うん。

そういうものを表現しようと思ったときに、“花の壁”というものがちょうどいいんじゃないかと思ったので。目の前にすごく大きな花の壁があったとして、それは幸せでもなく、不幸でもない。そんな気がしたんですね。

──でも決して、怖いものではなさそうですね。この歌詞も、それに対して身構えてるわけじゃない。前向きだと思いますよ。

今までずっとひとりで音楽を作ってきて、映像まで作って、やってたんですけど。それは、人が作ったものを信用できなかったから。自分が作ったものが素晴らしいと、ずっと思ってたから。でもその状態で、今もずっとひとりでやっていたら、たぶんわからなかったと思うんですよ。花の壁が自分を祝福するものなのか、自分を呪うものなのか、決めようがなかったと思う。だから僕は明確に、自分が今どこにいるのかを定義したかった。定義してほしかった、自分以外の人間によって。自分以外の人間がいることによって、自分が今どこにいるのかがわかって、点だったものが線になるから。自分の形がよくわかってくる。自分以外の誰かがいたから、初めて花の壁が、自分を祝福するものだというふうに思えるようになったと思うんですよ。

──そうですね。

一昔前だったら、絶対書けなかったことですけど。

──今話を聞いていて、本当に「サンタマリア」の次の曲だなぁと思った。あの曲で自分をさらけ出して、それをさらに推し進めた曲だと思います。歌詞に出てくる“君”というのは、聴いてくれる人であり、支えてくれるスタッフであり。とても大きい意味で、愛の歌じゃないですか。“(手を)離せないんだ”って言っちゃったのは、すごく大きいと思う。

戻る気持ちは、さらさらないです。しょうもないなと思うんですよね。自分ひとりでものを作って、自分本位で何かをやるということが。『diorama』はそういう曲の作り方をしていたんですけど、『diorama』を作り終えたあとに、もう何もやることがなくなっちゃって。何をしてても、救われるような気持ちが全然湧いてこなかった。自分が好きな本を読んだり、ゲームをしたり、何をしても全然面白くない。何もやることがなかったんですよ。だから、そこで、自分本意という言い方がいいのかはわからないですけど、そういうものの作り方はおしまいなんだと、明確に思いましたね。それはもうできない。

──終わっちゃったんですね。意識するとかしないとかの前に。

もうおしまいだから、自分が生きて行く道はここにしかない。そういう感覚が、今なお強くありますね。

──ちょっと余談ですけどね。ハチさんに憧れて、みたいな若い世代は、かなりいると思うんですよ。そういう人の音楽を聴くと、わかるものですか? 彼はまだ自分本位の中にいるなとか、彼はもうそこを超えてきてるなとか。

ああ、そうですね。それはすごくわかります。わかるけれども、それはそれでいいんじゃないかとも思うし。別に自分がやってることだけが正しいとも思わないし。自分本位な音楽を受け取って、自分なりに楽しんでいる人もいるだろうし、それはそれでやっていたらいいなと思うんですけど、自分には関係ないなという感覚はあります。

──かといって、米津くんの場合、バンドのシーンに入りたかったとか、そういう動機でもないじゃないですか。あくまでも心の声に従って、こっちに来ちゃったというか。これからどこに行くのか、すごく興味深いんですよ。質問

どこに行くんですかね(笑)。フェスに出たいとか、そういう動機はないことはないんですけど。いつか、やりたいなとは思うんですけど、それが目的ではない。目的……考え出したら、大変なことになりますね。

──すごく面白い位置にいると思いますよ。

最終的にどうなりたいかとか、考えたりはするんですよ。なんとなくですけど、現時点で思うのは、“読み人知らず”みたいなものになればいいのかなと。作者がわからないのに、歌や俳句が残っている、それってものを作る人間にとって、これ以上ない光栄なことというか。最上級だと思うんですよ、表現として。そういうものになれたらいいのかなという気がします。

──前に、職人になりたいって言ってたじゃないですか。それと同じような感じですか。

そうですね。_ww_tokusyu_jibunbakari_5_08

自由になった

──カップリングについても、コメントをください。まず「懺悔の街」。これはライブそのままみたいな、シンプルで軽やかなバンド・サウンド。

これは歌詞とコードとメロディが1日でできた曲です。個人的によくできたなと思う曲ですね。

──言葉のイメージは?

「Flowerwall」と表裏一体なところはあると思っていて。この「懺悔の街」そのものは、別に良くも悪くもないし、ただひたすらにそこにあるだけなんですけど。例えば僕が久しぶりに地元に帰って、近所を歩いた経験があるんですけど、昔よく遊んでいた公園とかがすごく小さく見える。路地とか通学路とかが、すごく狭く見える。それは当たり前のことで、場所が小さくなったんじゃなくて、自分が大きくなったからなんですけど。そういうことを感じたときに、もう帰れないんだなって、時間の不可逆性をそこで感じてしまって。じゃあ、あのときああいうふうにしていたら、どうなっていたんだろう? と。あの角をああいうふうに曲がっていたら、もしかして自分は、もっとうまい具合に人生を送れてたんじゃないか。そういうことを考えることが、年々増えてきてる。それは、記憶そのものが、良いものでも悪いものでも、どっちもでないから。いいふうにも悪いふうにもとれる。「Flowerwall」が、自分は祝福されていいんだと思える曲だとしたら、「懺悔の街」はその反対側に属してる曲かもしれない。

──ああ。確かに。今の話で思い出したのは、ライブのMCでも言ってたでしょう。あのとき決断していなかったら、今ここには立っていない、それがすごく不思議な気がするって。

そうそう。それは現時点の自分から判断するしかないというか。最近そういうことをすごく思うんですね。

──もう1曲「ペトリコール」は? 本当にきれいな音の、静謐なテクノ・ポップ的サウンド。

これは、なんのフィルターも通してない曲、という言い方がたぶん正しいと思うんですけど。「Flowerwall」や「懺悔の街」は、ある程度こうしなければならない、こうであるべきだ、という視点がある曲なんです。だからといって、本来の自分から乖離しているというわけではないんですけど、こうあるべきだとか、そういうフィルターをまったく通さずに作ったら、こうなったという曲です。

──なるほど。

これが本来の自分とも、思われたくはないんですけどね。そのフィルターも自分だから。個人的に好きな曲、好きな感じを、自分なりに出したらどうなるかな? という、実験的な意味もあるんですけど。

──とても美しい曲だと思います。こういう音を集めた作品も、そのうち聴いてみたい。ライブを始めたからといって、すべてがライブライブした曲になるわけでもなく。そこは今後も、いろんなサウンドを作っていくんでしょうね。

うん、そうですね。『YANKEE』を作り終えて、ライブが終わったことによって、そこに対するコンプレックスとか、未知なるものへの不安みたいなものがなくなったから。一個自由になったなという気持ちはありますね。

──さて、もう2015年ですけれど。どんなことを考えてますか。

今年はライブをやって、曲もガンガン作って。なおかつ新しいこともやれたらいいなと思ってます。具体的にはまだ、言えないですけど。

──それは音楽に関わらず?

関わらず。いろんなことをやりたいなと思ってます。

DISC INFORMATION

「Flowerwall」
SINGLE 2015.1.14 release
ユニバーサル シグマ

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初回限定盤 <CD+画集+DVD>
通常盤 <CD>
限定スペシャルセット <CD+クリアポスター>

<収録曲>
01. Flowerwall
02. 懺悔の街
03. ペトリコール
<DVD収録内容>
Flowerwall(Music Video)

PROFILE

ヨネヅケンシ/’91年生まれ、徳島出身の23歳。‘09年より“ハチ”名義でニコニコ動画へのオリジナル曲の投稿を開始。「結ンデ開イテ羅刹ト骸」「マトリョシカ」「パンダヒーロー」など様々な楽曲がミリオンを達成。ボーカロイド・プロデューサーとしては9作品がミリオンを達成。現在までに2枚のボーカロイドアルバムを発表しており、’12年5月には“米津玄師”名義で自らが全曲ボーカルを務めた初のアルバム『diorama』をリリース。収録曲すべてにおいて自身が作詞、作曲、アレンジ、プログラミング、演奏、ミックスも手がけており、動画やアートワークも自身で行うなど、多彩な才能を持つアーティスト。2013年5月にシングル「サンタマリア」でメジャー・デビューを果たし、同年10月には2ndシングル「MAD HEAD LOVE/ポッピンアパシー」、昨年4月にはアルバム『YANKEE』をリリースしている。

LIVE

米津玄師 2015 TOUR / 花ゆり落ちる
4月1日(水)札幌cube garden
4月3日(金)仙台darwin
4月8日(水)名古屋E.L.L
4月9日(木)名古屋E.L.L
4月15日(水)広島CLUB QUATTRO
4月17日(金)福岡DRUM LOGOS
4月22日(水)大阪BIG CAT
4月23日(木)大阪BIG CAT
4月27日(月)TSUTAYA O-EAST
4月28日(火)TSUTAYA O-EAST

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