MY FIRST STORY ALBUM「虚言 NEUROSE」ディスクレビュー

虚言 NEUROSE

ALBUM

MY FIRST STORY

虚言 NEUROSE

INTACT RECORDS

2014.10.29 release

<CD>


ロックとは緩急の美学である

 今月の猛打賞。脊髄反射必至のマシーナリーなビート感覚、硬く塗り固められたディストーションの壁、地割れの隙間を縫うように滑空するハイトーン・ボイス。また、それらを最大限に増強する、台風の目=つかの間の虹のような叙情性。過度なエフェクトに埋もれたボーカルが、突如眼前に立ち戻るタイトル曲「虚言 NEUROSE」の劇的瞬間からして、“ロックとは緩急の美学である”と再確認。5人の華麗にして獰猛なフルスイングに、身も心も汗だくになってしまった。
 思えばデビュー当時から、彼ら最大の魅力はヘッドバンガーズ御用達のダイナミズムと、コールドプレイやU2、シーム・パークなどにも通じるロマンティシズムの交配にあったように思う。前者は誰もが認めるところ。後者はときに“アダルト・オルタナティブ”と呼ばれることもあるジャンルだが、彼らに“老成”や“円熟”の2文字ほど不釣り合いなものはなく、ただひたすらに自分たちのプレジャー・グラウンド(遊園地)を広げるためのエッセンスという印象も強い(前作「不可逆リプレイス」のカップリングではテイラー・スウィフト「We Are Never Ever Getting Back Together」までを自己流に料理済)。つまりはジェットコースターにも急上昇や急行下があり、その緩急に身体ごと飲まれることをスリルとするように、彼らのサウンドにも楽しみ方のルールがあるということだ。
 しかしそのルールは驚くほどに複雑。こちらは遊び方を覚える前に、呆然自失。めまぐるしい展開に全身を振り回され続け、三半規管は完全に麻痺。ライブ・セットのオープニングのような熱気と期待感に包まれたオープニング・トラック「monologue」しかり、性急なアルペジオと羽音のようなウイスパー・ボイスが瞬きの間に豹変する「Black Rail」しかり、徹頭徹尾のカオスが極度の緊張を強いる。アルバム全編に、まるでこちらの経験値を試すかのような、エクスペリメンタルの極限世界を広げているのだ。
 そこに加えての、言葉の迷宮。日本語詞/英語詞を鮮やかに切り替えながら、耳元で囁くような息づかいと鼓膜の奥にまで突き刺さる絶唱にて、イメージを飛び火させてゆく。アメーバのような柔軟さと、火矢のような俊敏さ。ここにも、うれしくなるほどに逃げ場がない。
 そんななか、クリスタル・クリアな打ち込みと16分のカッティング、白い太陽へと手を伸ばすかのようなロングトーンからスタートする希望の歌「Someday」の爽快感は尋常ではない(無論そのコントラストも、彼らの術中にハマった結果ではあるのだが)。いやはやこんな“体験”を、傑作といわずしてなんといおうか……。

 現在彼らは2015年の1月まで続く、過去最長のライブ・ツアーに突入中。巨大なスピーカーにて増幅された音空間は、まさに無法のプレジャー・グラウンドと言えるだろう。心して臨みたいと思う。

(祭蓮しずか)

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