フレデリック – 自分たちの“躍る”を、独創的なサウンドを持ってあらたに提示するミニ・アルバム『ooddloop』でメジャー・デビューを果たす彼らが本誌初登場!

フレデリック

三原健司(vo、g)と三原康司(b、cho)の双子を中心に、赤頭隆児(g)、kaz.(ds)によって結成された、神戸出身のロック・バンド、フレデリック。言葉遊びとユーモアと核心を突いた耳の残る歌詞と、’80年代の日本のインディー・ロック、現在の海外のロック、様々なダンス・ミュージックを昇華した、独自の世界観が繰り広げられるサウンドで、これまでライブ・シーンで人気を確立してきた彼ら。今年3月に初の全国流通盤ミニ・アルバム『うちゅうにむちゅう』の発表を経て、ついにミニ・アルバム『oddloop』でメジャー・デビューを果たした。彼らが音楽に込める想い、さらに音楽性を進化させた新作『oddloop』について、メンバー(kaz.は欠席)にたっぷりと話を聞いていこう。

INTERVIEW & TEXT BY  土屋恵介


家族みたいなバンドを作りたかった

──まずは、フレデリックの結成当時の話を聞かせてください。

三原健司 僕と康司が高校の軽音楽部に所属していて、部長&副部長でやらせてもらってたんです。そのあと僕が音楽の専門学校に入って、19歳くらいのときにバンドを組みたくて、やるなら康司としか組めないなと思って、そこからフレデリックが始まりました。まず、ドラムがほしいなという話になって、できれば年上の人に入ってもらいたいと思ったんです。僕ら全然若僧だったので、経験のある人に入ってもらって勉強したいなって。で、メンバー募集のサイトに書き込んでたkaz.さんにメールをして、セッションして、飲みに行って、kaz.さんがメンバーに加わりました(笑)。

──赤頭さんの加入のきっかけは?

赤頭隆児 フレデリックのホームページにメンバー募集があったんです。Myspaceで音を聴いて、入りたいですって書き込んだんですよ。でも実は僕、健司くんと同じ専門学校だったんで、直接話せば良かったんですけど、話したことがなかったので(笑)。
健司 まさか同じ学校の人とは思ってなかったですね(笑)。律儀なヤツやなって思って、そのままスタジオ入ってご飯食べに行って、隆児もさらっと入りました。ただ、僕らは技術とかよりも人間性で選びたかったんですよ。

──それはなぜですか。

健司 僕らは、双子って深い関係があるじゃないですか。その中にちゃんと家族になれるような人に入ってほしいって想いがあったんです。家族みたいなバンドを作りたかったので。でも、ふたりとはすぐにそういう感じになれましたね。

──音楽の方向性は、どんなものをめざしてたんですか。

三原康司 集まったときは聴く音楽がみんなバラバラだったんです。隆児とオレは正反対くらいだったし。でも仲が良かったので、お互いの好きな音楽を共有して昇華し合っていったんです。だから、いろんな要素がふんだんに入ったバンドになったんです。

──そこは現在のスタイルと繋がってますね。

康司 そうですね。それが月日が経ってより固まった感じですね。

そういう歌謡曲的な懐かしさは、康司くんの曲にもあるなって

──では、それぞれ好きな音楽を挙げてもらえますか。

康司 僕は、たまが大好きで、しばらくずっと聴いてたんです。そのあと洋楽ばっかり聴くようになったんですよ。ディアフーフとか、ちょっとポップでアバンギャルドなことをやってるアーティストがすごく好きですね。そこからいろいろ聴くようになって、今はダンス・ミュージックが好きで、シェリル・リンとかが好きです。

──’70〜’80年代のディスコにハマってると。

康司 そうなんです。あと、そうした影響を受けた今の洋楽アーティストを聴いてますね。最近解散しちゃったけどザ・ホワイテスト・ボーイ・アライブとか、最近見つけたのはRooseveltってシューゲイザーっぽいけど、そういう系も好きですね。いわゆるクラブ・ミュージックっていうよりも、バンドがやってるクラブ・ミュージックが好きなんです。
健司 僕も完全にたまに影響を受けて、ナゴムのアーティストにハマってて、今は有頂天にハマってます。

──世代が20年くらい違いますね(笑)。

健司 今、24歳ですけど、完全にナゴムキッズになろうかなって(笑)。マサ子さん、戸川純さんとかも好きだし。そういうびっくりさせてくれるアーティストが好きで、その中で発掘していきたいなって。
赤頭 僕は専門学校時代に王道ギタリストばかり聴いてて、ジミヘン(ジミ・ヘンドリックス)とかスティーヴィー・レイ・ヴォーンとか、そういうのを聴いたり弾いたりしてたんです。もともと小さい頃は、親が車でかける歌謡曲が結構好きで、ギターをやるようになっても好きでした。テレサ・テンとか。

──意外な角度からきましたね(笑)。

赤頭 あと、中島みゆきとかすごい聴いてたんです。そういう歌謡曲的な懐かしさは、康司くんの曲にもあるなって。

──たしかにフレデリックの楽曲には、ノスタルジックな雰囲気はありますね。

赤頭 懐かしい日本の感じがありますよね。Myspaceでフレデリックを聴いていいなと思ったのは、それがきっかけかもしれないですね。

初ライブで紙芝居をやったんです。それが意外とウケたんですよ(笑)

──では、結成から、どんな活動をしていったんですか。

健司 練習は学校のスタジオで始めたんです。そこから曲を作って、結成して1ヵ月も経ってない、8月くらいに初ライブをしたんです。

──最初のライブもオリジナル曲だったんですか?

健司 はい。全部で5曲くらいやったんです。もともと作っていた曲もあったので。
康司 今思えば、だらだらせずに、経験を先にって感じでライブをやったのは良かったなって。
健司 とにかく、ライブが決まる前から次のライブ次のライブってどんどん決めていきましたね。そうしないと動かないっていうのもありましたし、バンドって始まるにしても終わるにしても自由じゃないですか。だったら突っ走ろうって。良いと思ってくれた人をどんどん巻き込んでいこうって気持ちでした。

──フレデリックならではの面白さって、どんなところにあると思いますか。

健司 僕は、びっくりさせたいアーティストが好きというのもあって、初めは人と同じことをしたくないって気持ちが強かったんです。対バンでも、しっかりインパクトを与えられるような存在になりたくて。そこは初ライブから大事にしてました。シュールなものを考えてって、初ライブで紙芝居をやったんです。それが意外とウケたんですよ(笑)。

──曲間に紙芝居ですか(笑)。

康司 はい。元々康司が絵を描くのも得意だったので、物語性のある曲の前に、MCの代わりみたいな感じで紙芝居を。初めは何も言わずに絵だけで表現するっていう、ほんまにシュールなヤツだったんですけど、さすがにナレーションを入れようってなって。ただ、低いステージのライブハウスだと後ろの人には見えないし、1年くらいやったけど、これは伝説で終わらそうって幕を閉じたんです(笑)。

──(笑)。神戸のバンド・シーンでは、どんな立ち位置だったんですか。

赤頭 神戸では馴染むと思ってました。
健司 神戸って、個性が溢れてるいろんなアーティストがいるんです。それこそキュウソネコカミとか、ずっと前から一緒にやってた仲だし。
赤頭 あと、アルカラ、ドラマチックアラスカ、踊ってばかりの国、女王蜂、黒猫チェルシーとか。

──濃いですね(笑)。

康司 神戸は面白いバンドが今でもまだまだ潜んでますよ。恐ろしいですよ、神戸の音楽シーンは(笑)。
健司 売れてるからなんぼやねんって人がたくさんいて、対バンでも食ったり食われたり、メジャーでも食われたりとか全然ありますし、ガツガツしてますね(笑)。

──そういう環境だと、自分たちの個性もどんどん磨かれますよね。

康司 戦いっていうより、個性が鋭いアーティストばかりなので、その中で自分たちを磨いていった感覚はありました。

バンドとして気持ちを最大限に持っていって挑んだオーディションでした

──では、バンドのターニング・ポイントになった出来事は?

健司 やっぱり、今の事務所に所属するきっかけの2012年12月26日のオーディション『MASH A&R』ですね。僕らその年はいろんなオーディションに応募しようって決めた年だったんですけど、全部あと一歩のところで落ちてしまって。“オレらは1番を取れないバンドなのかな”って考えてた時期があったんです。そのときに、オーディションを受けるのはこれで最後かなって応募したんですよ。だから、バンドとして気持ちを最大限に持っていって挑んだオーディションでしたね。しかも、音楽だけじゃなく、PV、アート面も含めて見てくれるオーディションだったんで、それは、僕らの色にぴったりだなって。康司が絵を描いてるのも武器だし、その絵を使ったPVもあったので。そしたら見事通過して、ファイナル・オーディションで、特別賞をいただけたんです。
赤頭 オーディションのテーマが、“NEW ROCK NEW STANDARD”ってキャッチで、オレらに合ってるなって、めっちゃ思いました。

──紙芝居もそうですけど、康司さんは絵、アートを含めて音楽を表現したいって想いが元々あったんですか。

康司 はい。トータルで自分たちをセルフ・プロデュースするというのは最初から根本的にありました。アーティストって、自分たちの音楽があれば何か付いてくるって考えの人が多いけど、オレらは音楽以外の面も大切にしたかったんです。PVひとつ、ジャケットひとつでも、音楽の聴こえ方が変わるじゃないですか。音楽って耳だけじゃなく目だったり全身で感じるものだから。そこでオレたちなりの見せ方はすごく大切にしてました。

───康司さんは、絵はずっとやってたんですか?

康司 絵を描くのはずっと好きで、高校のときも軽音楽部にいながら、美術部にもいたんです。大学は芸大に入って、デザイン、グラフィック系の専攻で、映像とかの勉強もしてたんですよね。基本イラストも普通に好きだったのでずっと描いてました。

──曲を作るときに、絵も一緒に浮かぶんじゃないですか?

康司 それはありますね。でも、オレは、ほかの人が考えたものと組み合わせたときの化学反応を楽しんでるところがあります。自分たちがずっと聴いてた曲が、PVに乗ってきたときにすごく違うものに感じられるのが楽しくて。自分らが楽しいと思ったらほかの人にも伝わるので、そこはすごく大事にしてますね。なのでPVは、自分でイメージするものもあるけど、それよりも、絵が強ければ強いほど良いものができると思ってます。

“踊る”って言葉がメインで、リズムとユーモア、その3つがテーマになってました

──では、メジャー・デビュー・ミニ・アルバム『oddloop』について話を聞かせてください。元々、アルバム全体のテーマはあったんですか?

康司 テーマを決めることがバンドとして初めてだったんです。テーマはまず、“踊る”って言葉がメインで、リズムとユーモア、その3つがテーマになってました。踊ると言っても、今の若い世代だといろんな解釈があって、早い4つ打ちのBPMで踊るのが一般的だと思うんです。「オドループ」はその目線にいる曲だと思うけど、オレらの提示したいものはそれだけじゃないんですよ。「もう帰る汽船」はダブ、「人魚のはなし」はファンクとか、昔の時代のダンスってこうだったよって。年上の人は僕らと同じ解釈だと思うけど、今の音楽シーンの中に、まだ見てない面白いものがあるんだよって伝えたい想いがあったんです。

──自分たちの音楽を通して、いろんなダンス・ミュージックがあることを教えてあげたいというわけですね。

康司 そうですね。健司も言ってたけど、やっぱり音楽って、全然知らないものに出会ったときのどっきり感が楽しいじゃないですか。僕らも、たまを聴いたとき、完全に音楽の教科書をビリビリに破られて、全然新しいノートを渡されたみたいな感覚だったので(笑)。あの破壊感って気持ちいいんですよね。もっと面白いダンス・ミュージックってあるんだよっていうのをすごく出したくて、そのテーマを大事にしてアルバムを作りました。『oddloop』ってタイトルどおり、踊るとループが詰まった、一生聴けるCDになればって。

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