Suck a Stew Dry ALBUM「ジブンセンキ」ディスクレビュー

ジブンセンキ

ALBUM

Suck a Stew Dry

ジブンセンキ

LASTRUM

2014.09.03 release

<CD>


突き刺さる、ハダカの合唱

 彼らのトリプル・ギター編成、その鳴りは特別だ。指版上にあるすべての倍音をカバーし、音の壁を築きつつも、決してボーカルよりも前に出ることがない。むしろそれは、ボーカルの背中を押し出すものとして機能している。教室のカーテンの影に隠れたまま、いつしか窓を開け、校庭へと逃亡してしまいそうな歌声。それを支え、励ます轟音。つまり、あばらの浮き出た華奢な身体を隠すには、Tシャツよりもポロシャツ、ポロシャツよりもパーカー……という意図をもって塗り込められたもののように聴こえるのだ。もちろん首から上はノーガードだ。ゆえに、サウンドのテクスチャーは紛れもなくロックだが、心臓部はフォーク/シンガー・ソングライター的であり、その生々しくも朴訥としたニュアンスが、心に茨を持つ少年たちを繋いでゆく。

「僕らの自分戦争」の“僕ら身につけるモノは誰かが作った作りモノ 僕が思いつくコトも誰かが先にやったコト”という歌詞。アルバムは、憧れや理想、恐れさえも奪い取られてしまった世代の独白からスタートする。4つ打ちのキックとオクターブ・ベースによるドライブ感も強烈だ。「世界に一人ぼっち」の一節“他人事にできるくらいには 大人に近づいている”は、胡桃のような固い殻に覆われた傷心からの救命信号。アルバムに先駆け公開されたMVからも、不穏な爆発力が感じられる。これらある意味ストレートなキラー・チューンは、今後も彼らの代表曲となることは間違いない。しかしここで推したいのは、「八月のサリー」という曲だ。
 アイドル・ポップスさながらにバウンスするモータウン・ビートに、雄弁な合唱。“100円のカッターを消毒して”(「距離感の部屋」)などと歌っていたバンドが刹那に仰ぎ見る“晴れの風景”に、胸がざわつく。朗々と奏でられるメジャー・コードの楽曲にも関わらず、涙腺が緩む。マイナー・コードで泣かせるバンドは星の数ほどいるし、激しいリズムで踊らせるグループも珍しくないが、明るみにこそ悲しみを感じさせるこの境地を聴かせてくれるバンドというのは、そうはいないと思う。

 ボーカルのシノヤマコウセイは、さらにフォーキーな詩情をたたえた終曲「リトルラブソング」で、“死ぬまでずっとずっと愛されていたい”と呟き、そしてふたたびの合唱にてアルバムは終わる。そこに見つけるのは、Tシャツ1枚、どころかハダカのように軽くなった彼らの表情だ。
 全13曲に余りあるビルドゥングスロマン=成長の物語。その部分に注視して聴けば、『ジブンセンキ』はライフサイズのコンセプト・アルバムとしても突き刺さる。そしてそのコンセプトは、わたしたち誰もが経験する、痛みとの離別でもあるのだ。

(祭蓮しずか)

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