浅井健一 ALBUM「Nancy」ディスクレビュー

Nancy

ALBUM

浅井健一

Nancy

SEXY STONES RECORDS

2014.07.09 release

初回限定盤 <2CD>
通常盤 <CD>


聴き手を詩人に変えて未来に誘っていく音楽

 浅井健一の音楽を聴いていると、まるでこっちまでもが詩人になった気分になる。言葉と言葉、あるいは音と言葉とが混ざり合った瞬間の不思議な化学変化が聴き手の感性や想像力のスイッチを入れていくからだ。例えば、「紙飛行機」の“未来は 紙飛行機”、「僕は何だろう」の中の“星が毛布”といったフレーズのイメージ喚起力はとてつもない。これはポエトリー・リーディングならぬ、ポエトリー・シンギング、もしくはポエトリー・プレイング。ソロ名義での6作目となるアルバムで、AJICOに在籍していた椎野恭一(ds)、SHERBETS在籍の福士久美子(key、Cho)という盟友とも言うべきミュージシャンに加えて、TRICERATOPSの林幸治(b)が参加していて、パーソナルであると同時に、バンド・サウンドのスリルが詰まった作品にもなっている。宇宙的な広がりを備えたインスト曲「Johnny Love」、飛翔するようなグルーヴが気持ちいい「桜」、軽やかで密やかで自在なグルーヴが魅力的な「ラビット帽」、体温のある演奏が素晴らしい「ハラピニオ」など、演奏も詩的で人間味に溢れている。

 アルバム・タイトルの『Nancy』はおそらくは「Papyrus」の中の“ナンシーファラウェイ”から取られているのだろう。1曲1曲が独立した作品ではあるのだが、イメージが繋がったり、共鳴しあったりしている。1曲目の「Sky Diving Baby」はサビの“Sky Diving Baby”というフレーズを迎えたところで、陰りのある世界から浮遊感と開放感を備えた気持ちのいい世界へムードが一気に変わっていく。この劇的な変化は実際のスカイ・ダイビングにも通じそうだ。この“Sky Diving”という言葉はアルバム全体のトーンをも象徴している。変化がモチーフとなった歌が並んでいるからだ。より良い世界を願い、変化を促す思い、より良い人間へと変わっていこうとする意志が描かれた楽曲が目立つ。「Sky Diving」の中の“生まれ変わったみたいに生きてゆくよ”、「紙飛行機」の中の“遠くへ飛べるように”、「Papyrus」の中の「目を覚ましなよ」、「君をさがす」の中の「新しい次元に行くのさ」などなど。アルバム・ラストの「ハラピニオ」は終末感漂う世界が舞台の歌だが、歌の主人公は前を向き、うちひしがれた人々のために温かな食べ物を作り続けている。この『Nancy』というアルバム自体もこの歌の中の温かな食べ物にも似た存在なのではないだろうか。ただしこれは口当たりのいい甘い食べ物ではない。ハラピニオ(青唐辛子)みたいに苦味や酸味が効いていて、時にはヒリヒリする。だがこの苦味の中にこそ旨味や滋味が詰まっている。

(長谷川 誠)

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