BURNOUT SYNDROMES ALBUM「世界一美しい世界一美しい世界」ディスクレビュー

世界一美しい世界一美しい世界

ALBUM

BURNOUT SYNDROMES

世界一美しい世界一美しい世界

Handmade Music

2014.07.02 release

<CD>


安全な岸辺から、溺れる赤子を眺めるような

『世界一美しい世界一美しい世界』。なんて痛々しい言葉かと思う。“世界一”という言葉がギネスワールドレコーズのそれを無視した主観によって乱用されるこの時代に、それでもそう表現せざるをえない気持ち。心臓から全身の毛細血管へと送り出される感情の昂りを真正面から伝えるには、ほかの表現を探すのではなく、ただ同じ言葉を繰り返すしかなかったのだ。

“蒼天井に歪んだ光を見たのだ”(「堕落 / 上昇」)
“あしたもせかいがありますように。”(「リフレインはもう鳴らない」)
“現在、君の目に映る青が空のレプリカなら、この歌も嘘でいい”(「むー」)

 ボーカル熊谷和海の、ときにメロディというフォーマットを壊してまで放たれる叫びの先にある世界。全身のバネを使い、彼方を射抜くこれらの言葉たちを追っていると、彼は本気で“世界一美しい世界”にいたのだとわかるし、それは瞬間の刹那だったのかもしれないが、いちどはその“美”を垣間見た者が、もういちどそこへ辿り着こうと必死になるからこその感動というものが、このアルバムを形成しているのだと感じられる。美しさには恐さがつきもので、悲しみとセットになっていることも多々あるが、喜怒哀楽どの感情も、いざメーターを振り切ってしまえば、残酷なまでに真っ白な世界が待っている。入り口は複数だが、結局最後は山頂の、同じ岩に座り込むことになるのだ。おそらく熊谷はそのことを、かなり早い段階で知ってしまったのではないだろうか。そうでもなければこんな歌は書けない。こんな声は絞り出せないはずなのだ。

 蚕が糸を紡ぐよう繰り出されるアルペジオ。今にもブツリと切れてしまいそうな危うさのファルセットに耳を奪われていると、恐ろしく複雑な軌道を伴ったリズムの嵐が吹き荒れる。ともかく1曲1曲に込められた情報量が濃密なのだが、例えば「i am a HERO」には、彼らの魅力がもっともビビッドに昇華されていると感じる。じっくりとサビを待ち、ガラス瓶の中の爆竹のようにクラッシュする言葉と演奏。しかしそれは決して技巧に走ったものではなく、満身創痍のボクサーが、打つのをやめた瞬間に倒れてしまうがために応酬を続けるような危機感を孕みながら、楽曲の世界観を支え続ける。歌詞だけを読めば、一方的な片思いに一方的に敗北した男の逡巡にも思えるのだが、それがこの純然たるサウンドと合致することにより、新井英樹の劇画やパク・チャヌクの映画にも通じる、哀傷と狂気の饗宴と化すのだ(時報を模したハーモニクスにより、それらが一瞬で残像へと気化するラストも非常に映像的だ)。

 やはりこの音楽は危険だ。安全な岸辺から、溺れる赤子を眺めるような感覚に陥り、心の底に重たい石を生み出してしまう。黒く太い鎖で結ばれた、理想と現実。その間の濁流に激しく打ちのめされながら、彼らは彼らだけの音楽を奏でている。

(祭蓮しずか)

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