Nabowa ALBUM「4」ディスクレビュー

4

ALBUM

Nabowa

4

AWDR/LR2

2014.06.18 release

<CD>


こちらから取りにゆく感動

 結成直後、京都人の彼らは鴨川の河原で練習を重ね、四条河原町の路上でライブをしていたという。そこから10年。大規模フェスでの経験やスタジオでの実験を重ね、ついにはこの最高傑作、『4』が届けられた。バンドに歴史あり。メンバーそれぞれにロング・アンド・ワインディング・ロードあり。噛み締めるほどに味わい深いその楽曲に、低く唸る。昨日今日のアンサンブルからは嗅ぎ取ることのできない豊かな熟成香が部屋を満たし、脳内のフル・スクリーンに“風景”が広がり、消失点の遥か彼方に、言葉にならないイメージが点灯する。やはり彼らはわかっている。“人に与えられる感動”と、“こちらから取りにゆく感動”の隔たりというのを、とてもよくわかっているのだ。

 インスト・バンドである彼らは、現実的な舞台設定や、直接的な求愛の言葉を投げかけることをしない、というか、できない。サウンド的にもフル・オーケストラによるダイナミズムには敵わない部分があるし、いわゆるポスト/マス・ロックの打撃的音響と比較できるような運動量もない。しかしそれらは決して弱点ではない。そもそも彼らはその部分では戦ってもいないし、むしろ、聴き手になにひとつ押しつけることをしないという部分に、誇りを持っているようにすら感じる。リスナーだって無欲ではないから、与えられなければ取りにいくまでで、そんなとき、いつでも彼らはリスナー“ひとりぶん”が入り込める余地というのを、芝生にレジャー・シートを広げるかのような軽やかさで確保してくれるのだ。そこではどう振る舞ってもいい。指揮者に見入る隣の客を気にせず煎餅を食べてもいいだろうし、なんなら眠ってしまってもいい。そして、そのどこまでも開かれた心地よさの渦中で、私たちは気づくことになる。そもそも自分は、大仰な幕開けも、壮大なエンドロールも欲していなかったのだと。手を伸ばしさえすればその温かみが伝わる、ライフサイズの“震え”が欲しかったのだと。そう、それこそが“こちらから取りにゆく感動”であり、そこへの欲求を、Nabowaというバンドはとことんまでに満たしてくれるのだ。

 順序が逆になったが、各曲の魅力にも触れておきたい。冒頭を飾る「白む海、還る霧」は、彼らのトレードマークであるバイオリンの包容力~大らかなタッチを活かした優美な楽曲。フィードバック・ノイズを完璧に手なずけたギターは、夜の砂漠を吹き抜けるコヨーテの遠吠えのようにも聴こえる。アブストラクトでアトーナルな響きからソリッドなファンクに展開する「Phone Booth」は、ルチャリブレの闇試合におけるリングサイドの喧噪を思わせもし、続く「RPM」は遊牧民のランチに招かれたかのよう。まさにマカオを舞台にした犯罪映画のサントラ的なイントロをバネに、三連譜のグルーヴ地獄になだれ込む「MACAO」。その対岸には「平日のアンブレラ」「雲海の上の旅人」といったチルアウト・チューンも用意されているし、’80年代育ちのわたしはスクリッティ・ポリッティ+室内楽的な響きを持つアーバン・グルーヴ「Donut Donut」に、サイボーグと踊るテクノポリス舞踏会のエレガンスを幻視した。

 しかしこれらはわたしだけの風景に過ぎないということもわかっている。そしてまた、この風景は一過性のものだということもわかっている。情報に濁ることのない彼らの旋律は、聴き手の人生やバイタリティにより、その姿を変えてゆく。いわばその軟性こそが、堀川、景山、川上、山本の奥ゆきであり許容量なのだと思うし、なぜだか私はここにきて、鴨川の流れを確かめにいきたくなってしまったのであった。

名盤です。

(祭蓮しずか)

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