Base Ball Bear – 最新作『二十九歳』についてフロントマンの小出祐介がすべてを語ってくれた。彼の思いが詰まったロング・インタビューの前編をお届け。

Base Ball Bear

声を大にして言いたい。Base Ball Bearの『二十九歳』がロック・シーンの上半期を代表すべき大傑作であると。2011年という時代の空気をめいっぱい吸い込んで吐き出した前作『新呼吸』から約3年。あのアルバムには小出祐介の“日常という実相”を描く執念にまみれていた。だからこそ、次なるニュー・アルバムのテーマにジャッジを下すことにもっとも時間がかかった。小出は笑いながら言う。「『二十九歳』というアルバムは構想3年、制作期間4ヵ月で出来たんです」と。最終的に小出が着地したテーマ——それは彼がずっとつかみたかった自らを音楽表現に向かわせる源泉の“正体”である——は、“普通”だった。そして、バンドの生音だけで様々な音楽的意匠を凝らし、ギター・ロックのボーダーラインを見極めるようなこれまでのアプローチとは一転して、本作では真っ向から“ロックの本質”と向き合っている。その有り様が“普通”というテーマと濃密に共鳴している。そして、全16曲から成る『二十九歳』がここに完成した。小出祐介が真顔で語る『二十九歳』の真実。彼の言葉をなるべく忠実に記録したく、このインタビュー記事は前編と後編に分けてお届けする。

INTERVIEW & TEXT BY 三宅正一

 

その時代の空気を的確に描いた歌は聴き継がれていく

──どうですか、プロモーションもいろいろやってると思うけど。

もうだいぶ自分のなかで定形文が仕上がりつつあります(笑)。

──なるべくそこを避けたいと思うんだけど。

そうですよね(笑)。

──ホントに、聴けば聴くほど素晴らしいアルバムなんですけど。大傑作だと思う。

ありがとうございます。

──ストレートに言うと、こういうアルバムが10万枚くらい売れたら希望があるなあと思うんだけど。

そうですね……でも10万ねえ。

──もちろん、難しい数字だと思うんだけど。

難しい数字ですよ、この時代で10万っていうのは。特にロック・バンドにとって10万っていうのは難しい。でも、理想としてはいいですよね。でもね、僕自身は今回そんなに欲張ってないというか。

──たしかに気張ってはないよね。

気張ってないっすね。今まではアルバムをリリースする前って結構気張ってましたけど。でも、別に諦めたわけじゃないんですよ?

──そうだよね。それはわかる。

諦めたわけではないけど、今回は気張らなくていいなと思って。リリースされてその反応を冷静に知りたいというか。僕がこのアルバムで意図したことがどれだけ伝わるんだろうとか。

──アルバム全体で問いかけてるし。

うん、そう。だから15年後くらいに評価されるんじゃないですか、これ。

──いや、今も評価されないとダメでしょ。

あはははは。まあね。僕もそうは思ってるけど。でも、僕は聴き手の方たちに過度な期待もプレッシャーもかけたくなくて。とりあえず自由に聴いてもらってどう思うだろうなって。まずはそこからじゃないですか。

──大きな心で。

うん、大きな心で。それだけ消費されない自信があるアルバムだしね。それは常に意識してることではあるんですけど——すごく時代的な作品がその時代だけで終わるかっていったらそうじゃないじゃないですか。

──そうね。そこに時代の空気が閉じ込められていて、開封するとそのにおいや感触があるというかね。

そうそう。その時代の空気を的確に描いた歌は聴き継がれていくから。それって音楽家としては理想だと思う。ちゃんと時代を歌ったものが、ゆくゆく振り返って聴いたときに“ああ、あの年の感じがするな”ってわかる感じ。僕はリアルタイムで聴いてたわけじゃないから、わからない部分もあるけど、はっぴいえんどとかその究極だと思うんですよ。

──まさにね。

『風街ろまん』とか聴いてたら、なんかわからないけど、あの時代の東京の街がどんどん発展していくなかで、郷愁にかられる空気が感じられるというか。そういうアルバムってホントに理想的だなって。

──前作『新呼吸』はすごく時代の空気をめいっぱい吸い込んで、日常の実相を暴くようなアルバムで。さらに鋭利な存在感があった。

うん、そうですね。

──でも、『二十九歳』は作品自体も泰然自若としているというか、真顔だよね。

そうそう(笑)。

僕が世の中に抱いてる違和感の正体

──すべては“普通”というアルバムのテーマがそうさせていると思うんだけど。

間違いないですね。『二十九歳』は自分の作中におけるスタンスが一歩引いてるから。この話はここ1〜2年で三宅さんにずっとしてきてたと思うんだけど、僕はずっと自分の音楽表現におけるテーマは“表裏一体”だと思ってたんです。

──うん。

1stアルバム『C』は“DEATHとLOVE”。2nd『十七歳』は青春そのものをテーマにしているように見えて、過去にフォーカスを絞りすぎているがゆえに現実が希薄になっている部分が浮かび上がってる。3rd『(WHAT IS THE) LOVE & POP?』は自分の心の壁についての作品で、光がどこにあるかわかっていながらも暗闇がフィーチャーされていて。3.5thの『CYPRESS GIRLS』と『DETECTIVE BOYS』はロックの尖った部分とポップの温かい部分を振り分けて作った。で、自分はずっと“表裏一体”をテーマにしてきたんだなという気づきが『新呼吸』を作ったときにあって。次のアルバムは構造としてもそれを踏まえたものを作ろうと思ったんです。でも、よくよく考えてみたら、僕は“表裏一体”という構造そのものを歌いたいわけじゃなくて、“世の中って常に両極なことが同時にあるよね”という大前提を歌いたいんだなということに気づいたんです。つまり、曲ごとにすごくハイとか、すごくローに振り切りながら作品全体でその両極を表現するのではなくて、超フラットな状態を描きたいんだと。その結果、たどり着いたのが“普通”というすごく曖昧な世界だったんですよ。

──底なし沼みたいなね。

そう、底なし沼! まさにそうだよ。実は“普通”という感覚って、人によってあまりに違う多面的なもので、こんなに厄介な概念ってないんですよね。なのに誰もが「普通がいちばん幸せ」みたいなことを言うじゃん(笑)。そうやって、僕たちがあたりまえに捉えてきた“普通”というよくわからない感覚がいちばんヤバいと思ったんです。

──いちばんILLだと。

ILLだねえ。でも、そこには答えなんてないんだよね。だから、誰も“普通”を描写しないんですよね。大好きか大嫌いかのほうが歌いやすいから。そういう意味でもすごく厄介なテーマに手をつけてしまったなとは思ったんですけど、僕はこのアルバムで“普通”というテーマと徹底的に向き合わないと先に進めない気がしたから。

──誰も手をつけてない発明だなと思ったし?

発明みたいなところもあるけど、これは僕が最初から思ってたことなんだよね。

──言語化できなかっただけで。

うん、心のなかにずっとあった。

──ずっと“表裏一体”だと思ってたけど。

そう、それは“普通”だったんだと思って。それこそが、僕が世の中に抱いてる違和感の正体だと思った。メジャー・デビュー以降はその違和感と向き合ってきたんだけど、その正体がずっとわからなかった。その過程における揺らぎを経て、やっと揺らぎそのものが自分なんだって思えて。僕はそういう人間なんだって思ったときに“普通”っていうのが違和感の正体だったんだってわかったと。やっぱりさ、いつまでも揺らいでないで、振り切れたほうがラクなんだよね、絶対。そのピークだけを見て音楽やれたらそりゃ楽しいと思うよ。

──ピークだけを目指して振り切れるのが、今の日本のロック・シーンの主流じゃん。僕もそれがいいとは全然思ってなくて。もちろん、明らかに時代を象徴するような求心力のあるバンドもいると思っていて。KANA-BOONなんかはやっぱり特別な求心力があるし。

もちろん、僕もなかにはいいバンドがいるんだろうなとは思ってる。でも、昨日さ、大阪キャンペーンの帰りの新幹線で最近のバンドの音も聴いてみようかなと思ってiTunesでいろいろ視聴したのね。イメージだけで語っちゃよくないし。

──そうね。

正直、うるさいなと思った。“ロックってうるせえ”なって(笑)。

──いや、言いたいことはわかる。もちろんロックなんてハナからうるさい音楽なんだけど、そのうるささにも質があってね。ノイズだって音楽的なカタルシスを誘発するノイズと文字どおりの雑音でしかないノイズがあるように。

そうそう。全然違うじゃん。例えばマイブラ(マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン)とかさ、うるせえけど超気持ちいいじゃん。

──あれはまさにね。

音楽に没頭できるうるささじゃないですか。ホントに、ノイズの向こう側にカタルシスがあるしね。あと、銀杏BOYZのニュー・アルバム(『光のなかに立っていてね』)だってさ、あれなんてもうノイズだらけでクソうるせえけどものすごい美的な表現だなと思ったし。

──そうなんだよね。

めちゃくちゃ美しいなと思いましたよ。

──個人的に2014年上半期は『光のなかに立っていてね』と『二十九歳』が双璧のベスト・ディスクだなと思っていて。

ありがとうございます。それはすごくうれしい。当然ね、銀杏のあのアルバムと『二十九歳』は作風も違うし、僕たちにはああいうアプローチはできないけど、峯田(和伸)さんが時間をかけてまであのアルバムに到達する感じってすごく理解できたし。

──うん。峯田くんもあそこまですさまじい音を作ったうえでフラットな地平に立ちたかったんだろうなって感じるんだよね。

そうそう、僕もそうだなと思った。歌詞とかも壮絶なものもあるけど、めっちゃリラックスしてる曲があるもんね。それがありのままなんだなって感じがしたし。でもね、話を戻すとなんで自分はロック・バンドの音をこんなにうるさいって思うようになっちゃったんだろうなって思うわけですよ(苦笑)。

──ロック・バンドの人なのにね。

そうそう。ロック・バンドなのに。

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