ハンバート ハンバート ALBUM「むかしぼくはみじめだった」ディスクレビュー

むかしぼくはみじめだった

ALBUM

ハンバート ハンバート

むかしぼくはみじめだった

anahachi/SPACE SHOWER MUSIC

2014.05.21 release

<CD>


ポピュラー・ミュージック=大衆音楽のひとつのカタチ

 ついに決定打的なハンバート流ポップ・アルバムが届いた。聴くたびにそんな手ごたえを実感できる新作だ。

 ハンバート ハンバートのことをルーツ・ミュージック色強い、もしくはカントリー・タッチの男女ユニット、と思い込んでいる人も多いだろう。もちろんそれは間違ってはいない。実際にこの4年ぶりとなる通算8作目はアメリカのナッシュビルにおいて、ブルーグラスやオールドタイミーな音楽などに精通したティム・オブライエンのプロデュースのもと録音されている。佐藤良成と佐野遊穂にとっての憧れの地で、現地のミュージシャンたちと交わりながら制作したことはまたとない体験となったに違いない。だが、ここで重要なのは国際的な環境で作られたということではなく、音楽家として、人として様々な経験を経てきたふたりの人生哲学のようなものが滲み出た作品になっているということだ。そして、それこそが彼らの好きなカントリーやフォークをようやく血肉にし、ほかの何物でもないポップ・ミュージックとなった証ではないかと思う。

 たしかに今作も一聴すると穏やかで牧歌的な曲が並んでいる。だが、ゆるやかな節回しが特徴の遊穂のボーカル、硬軟つけた良成によるフィドルやギターと、ティム・オブライエンらバック・メンバーとのアンサンブルはフォーキーでありつつもどこかにモダンな響きを讃えているのが印象的だ。2010年に亡くなったプロデューサーであり音楽家のあべのぼるの曲「オーイオイ」「何も考えない」のカバーも、長閑な風合いの中に現代的な音響、アレンジを含んでいるのがわかるだろう。もともとカントリーもフォークも庶民の生活の中から派生した、その時々の大衆音楽のひとつ。良成の歌詞の中からは、例えば今作でも“死んでいく”“赤い血だまり”“地獄”といった言葉が唐突に飛び出したりもするが、その作法はかつて生と死を意識しながら懸命に生きてきた労働者たちの本音でありリアルを捉えたものにほかならない。そうしたある種の音楽の歴史をごく自然に自分たちの音と歌詞の中に落とし込み、あくまで今のポップ・ミュージックとして聴かせる彼ら。これまでの作品でもそこに向かう姿勢が投影されてきたが、本作はひとつの完成形と言ってもいいのではないだろうか。

 そういえば、ハンバート ハンバートのファンを自認するくるりの岸田繁は、先日会った際にも、この新作のことを心待ちにしていると話していた。実のところ、岸田繁の書くメロディと良成が書くメロディには共通点があり、共にアイリッシュ・フォーク好きなどの接点もあるが、岸田は単純にポップスとしてハンバートの音楽を素晴らしいと実感しているようだった。ポピュラー・ミュージック=大衆音楽のひとつのカタチがここにある。

(岡村詩野)

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

M-ON! MUSICの最新情報をお届けします。

この記事に関するキーワード

この記事を書いた人