コンテンポラリーな生活 MINI ALBUM「ポップソングと23歳」ディスクレビュー

ポップソングと23歳

MINI ALBUM

コンテンポラリーな生活

ポップソングと23歳

1st PLACE

2014.05.21 release

<CD>


焦燥と諦念との間を行き来するポップ・ソングへの愛

『ポップソングと23歳』というタイトルがまずいい。23歳と年齢を限定することの意味については、もちろんこのバンドのメイン・ソングライター=朝日 廉の個人的な実際の年齢や経験と無関係ではないだろうが、それ以外にも様々な深読みを喚起することもできる。例えば、23歳という年齢は、あくまでジェネラルな意味で、ポップ・ソングを必要とする世代がティーンエイジャーであろうことを想定するとやや遅い感もあるだろう。また、2と3という数字の組み合わせから、そもそもがポップソングは2、3分程度のカジュアルなものである、という本来の魅力を敢えて示唆しているようにも個人的には思える。はたして彼らの真意はわかりかねるものの、焦燥感と諦念との間を激しく行き来するような歌詞や演奏からは、このバンドがポップ・ソングが持っているある一定の泡沫感がどれほと大きなエネルギーを持っているかを強く認識していることに気づかされる。

 大阪の軽音楽部の仲間によって2009年に結成された3ピース・バンドの6曲入りミニ・アルバム。いずれも3人のパワフルな演奏が最後まで失速することなく貫かれているが、中尾憲太郎のプロデュースによってアンサンブルに奥行きが備わり、一体化した3人それぞれの音が適度な距離をとりながら大きなグルーヴを生み出している。朝日 廉のボーカルはときに乱暴だしピッチも不安定だが、荒っぽくならざるを得ない、どうしても暴走してしまう必然がどの曲からも感じられるのが魅力だろう。曲調にそれほど大きな特徴もないし、アクの強さもそれほどないのに、これしかできないんだ、という自嘲的開き直りにも似た叫びが笑えるけど切実で、それをポップ・ソングという手軽でフレンドリーで刹那的な表現手段に込めているところが痛快だ。

 特にそれが表出されているのがアルバム・タイトル曲。今は上を向いて歌っているけど、気づいたら誰もいないかも思うと恐ろしくなる、といった不安と焦燥を抱えて、それでも進んでいくんだよ、と伝えるリリック。それは自分たちの存在のちっぽけさを理解し、ポップ・ミュージックとはしょせんは一瞬一瞬の輝きであるということも受け入れつつも、それでも体がポップ・ソングに反応してしまう自分たちへの讃歌のようだ。それがたまらなくやるせないが、同時にユーモラスでもある。

 もちろん、このコンテンポラリーな生活のような存在がこれまでポップスをプログレスさせてきたことは語るべくもない。ポップ・ソングという巨大なロボットのひとつのちっちゃな歯車から、大車輪になる日を夢見て多くのバンドは飛翔していく。その日が来ると信じて。なんとなくこの新作を聴きながら、そんなことを考えている。 

(岡村詩野)

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