MAMALAID RAG – MAMALAID RAGの約1年半ぶりとなる新作『So Nice』。アーティストとしての本質を持ち続ける彼から届く、普遍的なポップ・ミュージック。

MAMALAID RAG

MAMALAID RAGの音楽を初めて聴いたのは、’02年の春。場所は新宿LOFTというライブハウスだった。当時は3ピース・バンドだったのだが——その後ドラマーとベーシストが脱退し、現在のメンバーは田中拡邦ひとり——’60〜70年代のロック、ブルース、ポップスをルーツにした彼らの音楽はすでに“オーセンティック”としか言いようがないクオリティを備えていた。

その後もオーガニックな手触りのサウンドを追求してきたママラグ。1年半ぶりとなる新作『So Nice』でも田中は、決してトレンドに左右されない、まさに普遍的なポップ・ミュージックを表現している。前作『Day and Night Blues』ではネイティブなサウンドを志向していたが、今回は緻密なアレンジを施すことで、爽やかな空気が吹き抜けるようなポップスへと導いている。

残念ながら現在のシーンは、歴史の流れや音楽的な意図がほとんど感じられず、一時的な効果を求める楽曲ばかりが目立つ(とりあえず踊れればいい、とか)。イベントやアミューズメント・パークを飾るアイテムのように、ただ消費されるだけの楽曲で埋め尽くされる現代において、タイムレスな魅力を持ったMAMALAID RAGの音楽は本当に貴重だ。好きな音、好きな曲を選ぶことは、その人の生き方に直結している。だから、できるだけ質の高いものを聴きたい——ママラグを聴いているといつもそう思う。

INTERVIEW & TEXT BY 森 朋之

 

“いろんな音楽をやっていい”ということですよね

──アルバム『So Nice』のことを中心に、最近の活動についていろいろと聞きたいと思います。最近、ライブの数が増えてますよね。

そうですね。去年、やらなさすぎたんですよ。大橋トリオでギターを弾いていて、かなり時間を取られたんです。1年前の“ARABAKI ROCK FEST”から始まったんですけど、3月末から合宿リハをやって、4月、5月、6月のツアー、それから8月のフェスまで、毎週のように地方でライブをやってる感じで。だから、去年はアッという間だったんです。年明けに『Day And Night Blues』のリリース・ライブを(恵比寿)天窓でやって、そのあとすぐにギターの仕事があって。秋に慌ててライブ盤のミックスをやったんだけど、それで終わってしまった。去年は何もやってないんです(笑)。

──ギタリスト、コーラスでライブに参加することで、何か発見はありましたか?

面白かったですよ。東京事変の伊澤一葉さんも参加していて、仲良くなったり。ドラムの神谷洵平くんは(アルバム)『LIVING』でも叩いてくれてたし……。ただ、どうしても僕はプレイヤーになりきれないんですよ。視点が違うというか、“こうしてみたらどうだろう”という見方をしてしまうので。あとね、雇われ者になるのも良くないんですよ、僕は。要は会社員と同じで、そこにいけばとりあえず仕事になるっていう。僕らの日常は全然違いますからね。常に自分で何かやることを見つけていますから。雇われてるとどうしても気が緩んで、ボーッとしちゃう。基本的に怠け者なので。実際、大橋トリオのツアーが終わったあとも力が抜けた状態だったんですけど、“これじゃダメだ”と思って、まず締め切りを決めたんですよ。CDの流通会社に電話して、「最短でいつ(CDを)出せますか?」って聞いたら「5月14日ですね」って言うから、「じゃあ5月14日に出します」と。そのときにアルバムの概要を送ってくださいと言われたんだけど、「いや、何も決まってません」って言ったんです。

──それ、いつの話ですか?

たしか1月の終わりか2月の頭くらいかな。流通会社には3ヵ月前には言わなくちゃいけないから。タイトルは決まってないし、曲も“4曲はある”みたいな感じだったんですけどね。「大丈夫ですか?」って言われたけど、まあ、僕はいつもそんな感じなので。去年の夏以降は曲作りもやってたし、常に曲はストックしてますからね。マテリアルみたいなものがドワーッとあって、それを聴きながら“これは使えそうだ”というものを広げてみるっていう。

──結局、アルバムの概要は決めないで制作を始めたんですか?

いつも決めてないですからね、1stアルバムのときからずっと。ノー・コンセプトがコンセプトっていうか。大滝詠一さんも言ってましたけど、“いろんな音楽をやっていい”ということですよね。アメリカっぽいもの、イギリスっぽいもの、ティンパンアレーっぽいものと言う感じで、“○○風”の曲がいろいろあるっていう感じで。まあ、人によっては“何をやりたいかわからない”と思われることもあるでしょうけどね。

──曲を作る段階から、“これは○○風にしよう”というアイデアがある?

ありますね。誰でもそうだと思いますけど“これは○○風にしよう”というのは絶対にありますから。仮タイトルも「ポール」とか「ジョン」とか、そんな感じで(笑)。「J.J.」とかね。J.J.ケイル、大好きなんですよ。去年、亡くなっちゃいましたけど。あとは「サンタナ」とか……。

──そのなかには“ティンパンアレー風”もある、と。

あんまりないですけど(笑)、例えば今回のアルバムに入っている「僕の世界」という曲のサウンドは、“ドラムは林立夫さんっぽく<’70年代から活躍する名ドラマー。’73年、細野晴臣、鈴木茂、松任谷正隆とともにティン・パン・アレーを結成。ドラマーとして井上陽水、荒井由実(松任谷由実)、大瀧詠一、松田聖子など、数多くのアーティストの楽曲に参加。>、“じゃあ、ベースは細野(晴臣)さんみたいに”という感じだったので。これも大滝さんが言ってたように、「オリジナルなんてないんだよ」っていうことですよね。新譜として発表されたものには、すべて何かのモチーフがある。それに気付くか気付かないかの違いだけだっていう。自分が作ったなんてサラサラ思ってないですから。ゴーストライター問題とか(笑)、そういう話とはまた違うんですがね。

──そうですね(笑)。

それが30歳くらいからどんどん強くなってるんですよね。昔はリンゴ・スターと同じで、(自分の作った曲に対して)“これは○○に似てるからダメだ”というタイプだったんです。今は“自分のフィルターを通すと、いかに別物になるか”というのがわかってきたところがある。まったく同じにしてみようと思っても、全然違う曲になるっていう。音楽は不思議ですよね。まあ、毎回修業みたいなものですからね、アルバムを作るっていうのは。数を重ねるとわかってくることもあるし。毎回勉強ですよ。

研究していくと“自分でやってみたい”ということになっちゃう

──さっきも話に出てきましたが、やはり大滝さんの影響は大きいですよね?

そうですね。亡くなったときはとてもショックでしたね。なぜか“偲ぶ会”に呼んでいただいたんですけど。

──大滝さんの遺したものを継承したいという気持ちもありますか?

そんな大それたことは言えないですけどね。いちばん影響を受けたのは歌い方かな。以前、エンジニアの吉田保さんといっしょにやったときも「そっくりだ」と言われましたから(笑)。あと、自宅にスタジオを作ったりとか、自分でエンジニアまでやるとか……。マネしようとは思ってないんですけど、研究していくと“自分でやってみたい”ということになっちゃうんですよね。僕はラジオのDJはやってないですけど、それ以外はなんとなく似通ってきてるんじゃないかな。

──機材を揃えて、自宅で録音できる環境を作って。

大滝さんが「ミュージシャンが来る前にスタジオの床拭きをやってると、涙が出てきた」って言ってるんですけど——『LET’S ONDO AGAIN』のレコーディングのときかな——僕もそういう心境のときがあったし。自分でやると大変なんですよ。今はそうでもないですけどね。

──制作は基本的にひとりでやってるんですよね?

そうですね。今回は完全にひとりです。『Day And Nigh Blues』のときはブラスと弦、あとピアノを1曲弾いてもらったのかな。今回はもう、とりあえず全部自分でやってみよう、と。完全にひとりっていうのは、初ですね。

──自宅のスタジオで演奏して録り続けるっていう。

ひたすらやってました(笑)。ただ、ノウハウが蓄積されてますからね、今は。例えばコンプレッサーのレベルなんかも“このあたりだろうな”というのが大体決まってくるんですよ。最初の頃は“どこがいいんだろう”と探すだけで……。

──いちいち時間がかかる。

そう。今は“この楽器にはどのマイクがいいか”とか、マイクのセッティングもわかってますから。ミックス、マスタリングも自分でやってるんですよ。(アルバム)『LIVING』と『SPRING MIST』は小林裕人さんという方にミックスをやってもらったんですけど、その2枚のときにいろいろと教えてもらって。それは収穫でしたね。やっぱり、その道の人に聞くのがいちばん早い。

──演奏はもちろん、ミックスやレコーディングまで自分でやることの利点って何ですか?

まあ、自分の好きなようにできるということですよね。本来は専門の方にやってもらったほうがいいんですけど、エンジニアの方って、どうしても大きくは音響的な考え方をするんですよ。(音響的な意味で)“いい音”ですよね。でも、“音楽的に言えば、この音の音量はもっと上がっていてほしい”とか“もっと遠くにいてほしい”ということがあって。自分でやると、そういうところが理想的にやれるので。だから、音楽の心がわかるエンジニアというにはすごいと思います。田中三一さん(マスタリング・エンジニア。佐野元春、レベッカ、JUDY AND MARY、ユニコーンからBOOM BOOM SATELLITESまで、数多くのアルバムのマスタリングを担当。幅広いジャンルのアーティストから絶大な信用を得ている。)がそうなんですよ。以前から仲良くさせてもらっていて、今回もメールでアドバイスをいただいたんですよね。こちらから音源を送って、ダメ出しをくらって、直したりとか(笑)。田中三一さんは“理系であり、文系でもある”という方なんですよ。

──どういうことですか?

まず、“今、ここを何ヘルツ上げました”ってデータ的に言ってくれるんです。で、僕が“あ、ちょっとサラッとしましたね”なんて言うと、“そうなんだよ、サラッとするでしょ”って返してくれて。そういう会話ができる人とは合うんですよね。しかも田中さんはリスナー的な心も持ち合わせていて。あるシングルのマスタリングをしてもらったとき、B面の曲を聴いて“こっちがA面なんじゃないの?”って言い出されたことがあったんですよ。これがラジオから聴こえてきたら、気持ちいいよねーって。レコード会社の人は困っちゃいますよね(笑)。もう変えられないのに、アレンジのこともどんどん言うし。それはすごく学びました。要するに“細かい視点と大きい視点の両方を持て”ということなんですけどね。アレンジをやってると、どうしても入り込んで、視野が狭くなりがちなんです。もちろん、グッと入り込まないとやれないんですけど。

──集中しつつも、俯瞰で見ることも忘れないというか。

田中三一さんは「自分の作品じゃないと思って聴け」って言うんですけど、究極、そこだけなんですよね。自分の作品をいかに客観視できるかっていう。ただ、音楽を作るっていう行為自体が主観じゃないですか。だから口で言うほど簡単ではないですよ、自分の曲を客観視するというのは。僕なんかも“まだまだだな”って思うし、そこを出来る限りやってみるという戦いですよね。

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