KUDANZ MINI ALBUM「何処か長閑な」ディスクレビュー

何処か長閑な

MINI ALBUM

KUDANZ

何処か長閑な

funny easel

2014.05.14 release

<CD>


春夏秋冬と喜怒哀楽――雄大さの奥にのぞく、東北人の激情

 季節の移ろいをテーマにしたアルバムとのこと。ただ、ここからは、四季折々の叙情性だとか、時節とともに綴った文学性のようなもの以上に、生身の人間のエモーションこそが強く伝わってくる。それはササキゲンの心の叫びだ。

 KUDANZのライブは、かつて残響recordからリリースしていた時期にフロントマンのササキの地元だった仙台で観たことがあるが、その頃はバンドとしての表現を目指していると認識したものだ。それが2年ぶりとなる新作では、彼ひとりのソロ形態に変容している。この間にはメンバーの脱退やそれに伴うサウンド構造の変革があったようだ。

 KUDANZの歌はもともとフォーク的な要素が強かったが、ここではバンドという形式にとらわれなくなったぶん、パーソナルな歌心と、ポストロックやチェンバー・ポップに通じる自由度をいっそう獲得した音が幸福な融合を果たしている。強く感じるのは、メロディそのものが雄大でありながら繊細で、そこに深い内省があるということ。これに奥行きを感じさせる音のエコー感や細やかでたくましいリズムも相まって、今回の音からは東北の大地のにおいを想起するところが多い。あの緑の山々が含む冷たい湿り気と穏やかな時間の流れが、この歌たちに宿っているように思うのだ。

 ただ、激情も浮かび上がる「砂粒の記憶」、ラブホテルでのエロチックな描写が出てくる「お盆〜hommage to Y.Y.T〜」などからは、四季感以上に、ササキ個人の内面が強く浮かび上がる。また、「風の輪郭」のMVには、ホームビデオに映る少年時代の彼の姿が織り込まれている。本作のタイトルは“どこかのどかな”と発語すると思われるが、ここで描かれている季節は、決して安穏としたものではない。その中で嗚咽し、絶望し、それでも前へ歩いていこうとする人間が痛いほど感じている、四季それぞれの温度である。

 現在に至るまでのササキは、バンド形態の消滅やレーベルの移籍、さらに体調がどうにも優れないという苦闘の日々を経験したとのこと。このアルバムには、そこから生まれた喜怒哀楽も含まれているのだろう。彼の声はフワリとした、優しく美しい響きをしている。が、その奥底には、ガマン強く辛抱強い、東北人の根性が埋まっているように感じるのだ。

(青木 優)

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