THE NOVEMBERS – 今作「今日も生きたね」は、THE NOVEMBERS流の“大勢の人に愛される曲”。フロントマンの小林祐介に今作についてじっくり聞いた。

THE NOVEMBERS

THE NOVEMBERSが自主レーベル、MERZからの第2弾として、シングル「今日も生きたね」をリリースする。美しいメロディとサウンドが心地いい表題曲は、より多くの人に聴いてもらえるアンセムを作ることを目指しながら、辛辣な言葉とシニカルともブラックとも言えるセンス・オブ・ユーモアがアンセムに止まらない深い世界観を作りあげている。これを聴き、諦観を感じるか、希望を感じるかは聴き手しだい。カップリングの「ブルックリン最終出口」はバンド結成当初からライブで演奏してきた隠れた人気曲。ともにメロウネスを印象づけながら表裏一体とも対になっているとも思える2曲の組み合わせからは、彼ら一流の美学、哲学、思想が感じ取れる。バンドのフロントマン・小林祐介(vo、g)に今回の作品に込めた様々な想いを聞いた。

INTERVIEW & TEXT BY 山口智男

 

世の中のことすべて、何から何まで他人事

──前回のインタビューで、「有言不実行になるかもしれないけど、作ることに興味がある」と言っていた“大多数の人に支持されるところに迎合しなくても多くの人に愛される曲”が今回、シングルとしてリリースする「今日も生きたね」なんですよね?

ええ、そのつもりです。

──なかなか完成させることができなかったと聞きました。

そうなんですよ。今回は、カップリングとして「ブルックリン最終出口」を入れることが決まっていたとは言え、シングルということで、1曲でひとつの作品を作るという気持ちがあったせいか、これまで複数の曲で表現していたものを1曲でとなったとき、あれもこれも見せたいと考え、1曲の中でいろいろなアイデアやパターンを試すという照準の定まっていない時間を過ごしてしまったんです。だから、曲はずっと作っているんですけど、1曲のための曲作りになっていなかったんですね。ただ、これだけ1曲を作ることに執着したことって、僕は初めてだったので、時間がかかったぶん、思い入れも強いし、いいものができたんじゃないかって思っています。

──「ブルックリン最終出口」は結成当初からライブで演奏してきた曲だそうですが、「今日も生きたね」と「ブルックリン最終出口」は表裏一体と言うか、2曲で対になっているようなところもあるし、美醜という対極にあるものを歌いながら、ひょっとしたら、「ブルックリン最終出口」に対するアンサー・ソングが「今日も生きたね」なのかなと感じました。

関係性は深いと思うし、「ブルックリン最終出口」を書いたときの自分と今の自分の対比もそのまま出ているような気もします。

──対比ですか?

「ブルックリン最終出口」を書いたとき、暴力やレイプを描いた映画を観て、嫌な気持ちになるということにとり憑かれていたんです。そもそも曲のタイトルの由来になった「ブルックリン最終出口」って映画がそういう作品なんですけど、自分がしたことでもされたことでもないのに映画の中の架空の出来事さえも自分事のようにとらえ、まるで自分の身に起こったことのように嫌な気持ちになったり、怒りを募らせたりとか、そういう熱病にかかっているような時期があったんです。そういう架空のものへの執着や、あらゆる事柄を自分事と考えるあまり、気持ちが貧しくなっていくことに依存してしまっていた二十歳ぐらいの頃の自分を、「ブルックリン最終出口」ではそのまま歌っているんですけど、逆に「今日も生きたね」で歌っているのは、世の中のことすべて、何から何まで他人事ってことなんです。そんなものだよなって思えるようになって、気持ちが楽になったし、それが本当の態度のような気がしているんです。何かに夢中になることって、人生を豊かにするためにできたら素敵だなって思うんですけど、過去の自分は、その目的が屈折していた。どう考えても貧しい気持ちになっているのに、それに悦になってしまっていたんです。悦に入ることがいいんじゃない? と言ったらそれまでなんですけど、今思うと、不健康なことでしたね。憎しみを増やすだけの営みだったので。

──何から何まで他人事というところが興味深いですね。

自分も含め、世の中の人はおせっかいすぎるんですよね。他人にわざわざ腹を立てたりとか悪態をついてあげたりとかって、暇でお人好しの人がすることだと思うんですよ。それを娯楽として、みんな楽しんでいる。

──近頃は、いいことにしても、悪いことにしても、他人のやることに対して熱くなっている人が多いですよね。

贅沢な娯楽ですからね(笑)。

──他人のことなんてどうでもいいじゃないかと思うことがよくあるんですけど、それは自分に情性が欠如しているせいだと思っていました(苦笑)。

でも、いろいろなことを全部、自分事だと思っていたら……。例えば、ほかの国の人のしていることを、自分事だと思うから戦争が起こるわけじゃないですか。でも、奴らは奴らで好きにやっているんだからと思えば、争う理由はない。人のものなのに自分のものかのように振舞っていることって、思い入れとか文化とかも含め、いろいろあるような気がしているんです。そこを知ったら、みんなもっと優しくなれると思うんですよね。残酷な人たちを軽蔑する「ブルックリン最終出口」に対して、「今日も生きたね」は、残酷? いや、普通でしょと歌っている。もちろん、僕はあいかわらず、力ずくで何かを奪う人は軽蔑しているんですけど、言ってみれば、それは僕の豊かさと彼らの豊かさがあまりにも違うからというか、彼らは自分の欲望のために生きることに対してものすごく純粋だから、そういうことができるわけじゃないですか。純粋であることって、世の中ではいいことだと言われているけど、実は別に、良い意味でも悪い意味でもない。単純に善悪の判断をする前に自分の利益になることが全部できちゃうのが純粋さ。「今日も生きたね」は、そういうことについても、良いとか悪いとか一切言わず、そういうものだよねっていう一言の曲なんです。

最終的には、自分の趣味嗜好が曲を作る全理由

──サウンドとかメロディとかはとても綺麗なんですけど、僕も含め、「今日も生きたね」の辛辣な歌詞を聴いて、耳が痛いという人は結構いるんじゃないかな。

いいなって思ってくれたり、うるさいなって思ってくれたり、言葉としてちゃんとひっかかるものを目指したので、そう思ってもらえるといいですね。そんなことをわざわざ言われなくたってっていう耳の痛さもあるじゃないですか、聴く人によっては。そういうのも含め、ちゃんとひっかかって、記憶に残ってくれたらうれしいです。

──ブラックユーモアもありますね?

ありますね……(笑)。

──曲調は別として、大勢の人に愛される曲を作ろうと思って、こういう曲になってしまうところがTHE NOVEMBERSらしい(笑)。

気持ちよくなるポイントがもしかしたら人と違うのかもしれないです。世に言う癒しソングとか手を差し伸べる系の応援歌っていろいろあるじゃないですか。そういうものもいろいろな人が気持ちよくなれるからあっていいと思うんですけど、自分はそんな癒しソングで癒されるほど傷ついているわけじゃないし、手を差し伸べてもらうほど脚力が弱っているわけじゃないしって思うと、そっちのほうが大きなお世話な気がして。世の中のみんなが気持ちよくなれるのはこれだからっていうのは、曲を作るきっかけにはなるかもしれないけど、理由にはならない気がするんですよね。「今日も生きたね」は、大勢の人に愛されるとか、大勢の人の心にひっかかるとか、そういう曲を作りたいという自分の気持ちがきっかけにはなっているんですけど、最終的には、自分の趣味嗜好が曲を作る全理由になりました。

──メロディからさらなる成熟を感じました。メロディはすぐに出来上がったんですか?

それも1曲の中で、いろいろなものを試した結果だったんですけど、1曲に対して、10曲分ぐらいの候補があって。成熟という意味では、その中でいちばん気持ちいいものを厳選できたのかな。それと、ふだん使わないコード進行をあえて使ってみたチャレンジもありますね。THE NOVEMBERSってもともと、複雑なコードが多かったんですけど、今回はギター1本で表現できる素朴さを求めていたので、キリンジとかORIGINAL LOVEとか、僕が考える胸が締めつけられるような斬新なコード進行や、ちょっと不思議に感じられる響きを、自分なりに掘り下げるってことはやってみました。

──ああ、だからなのか、今までとちょっと違うなと思いながら、誰が聴いても、いいメロディだと思えるものになっていると感じました。

それはうれしいです。そうですね、あまり使わないようなメロディだったかもしれないですね。例えばサビで気分を高揚させたいときって、普通は声が高いほうにいくじゃないですか。でも、今回は下がるという(笑)。サビでキーを下げることって、今までほとんどやらなかったかもしれない。「はっぴいえんどを意識したの?」と周りから言われたりするんですよ、今回。

──あ、それちょっと思いました。

はっぴいえんどってほとんど聴いたことがないんで、よくわからないんですけど。

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