毛皮のマリーズ ALBUM「MARIES MANIA」ディスクレビュー

MARIES MANIA

ALBUM

毛皮のマリーズ

MARIES MANIA

日本コロムビア

2014.03.19 release

初回盤 <2CD+DVD>
通常盤 <2CD>


レジェンドの息吹に向き合い続ける美しきロックの巡礼者

 1stアルバム『戦争をしよう』(’06年)収録の「或るGIRLの死」ではモンキーズの「デイドリーム・ビリーバー」を、『’Gloomy』(09年)収録の「ザ・フール」ではルー・リードの「ワイルド・サイドを歩け」を、「人生Ⅱ」ではザ・バーズの「すっきりしたぜ」、『マイ・ネーム・イズ・ロマンス』(’07年)の「クライベイビー」ではフォー・トップスの「アイ・キャント・ヘルプ・マイ・セルフ」を……と、初期~中期の作品の多くの曲で’60年代~’70年代の有名曲のリフを主にイントロで引用している。これがメジャー・デビュー前後になるともう少しこなれていくが、このバンドにおける志磨遼平の思惑は、こうしたロック・レジェンド、ポップ・レジェンドへの素直なリスペクトと、歴史を継承していくことの決意をしっかり刻んでいくことにあった。いや、それは現在のドレスコーズにおいても基本は変わるものではないだろう。新しいものを創出していく姿勢は重要だ。だが、自分は歴史をしっかり受け継ぎ更新する立場に回りたい。かつて筆者との取材でそう断言した志磨は、あるいはどんな評論家よりも明確な視座を持ったロック批評家なのかもしれない、と、メンバー自ら選曲、さらには未発表音源を4曲追加したこの2枚組ベストを聴きながら考えている。本作のジャケットとタイトルもまた、ラモーンズのベスト盤のパロディだ。

 しかも、志磨は大衆音楽は絶対的に多くの支持を集め、売れていなければいけない、という哲学も持っている。セックス・ピストルズのジョニー・ロットンのようなやけっぱちなボーカルであること、基本はラフなガレージ・ロック・スタイルであることからオルタナティブな存在であるように思われるがちだが、志磨はマリーズにおいてカルト・バンドより誰でも知ってる人気アーティストの精神性を受け継ごうとしていた。『ティン・パン・アレイ』(’11年)においてバート・バカラック、ジョージ・ガーシュウィンあたりを視野に入れたオーケストラルな音作りに挑んだのも、その手法というよりも、ジャンルや世代を超えた大衆音楽に向き合おうとした成果だったのではないか。バカラックの作った曲を、我々が自然と耳にしたり、口づさんだりする、あまりにもさりげないが、どうしようもなく絶大な力を持って日常の中に融和している事実。最終的にマリーズで志磨が目指していたのはきっとそこだった。それだけに、絶頂期に解散してしまったことに対して、「こんなタイミングで土俵から降りるなよ!」と言いたくなったのも本音としてはある。あるにはあるが、続きは次のステージへと持ち越された。結果はすぐには出ないかもしれない。それでも志磨は進むしかないのだ。そのミッションを自覚した時にはすでに決まっていた運命に逆らわずに行くしかない。彼が見つめる先人たちが皆そうだったように。

 大衆的というものへの解釈こそ正反対かもしれないが、ある側面において、ガレージ・ロック、クラウト・ロックからフレンチ・ポップやサイケまでを吸収している坂本慎太郎と志磨遼平はある程度同じ目線を持っていると個人的には思っているのだがどうだろうか。レジェンドの息吹に向き合ってはこんがらがる美しきロックの巡礼者たちよ、道程はまだまだ長い。

(岡村詩野)

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

M-ON! MUSICの最新情報をお届けします。

この記事に関するキーワード

この記事を書いた人