踊ってばかりの国 ALBUM「踊ってばかりの国」ディスクレビュー

踊ってばかりの国

ALBUM

踊ってばかりの国

踊ってばかりの国

ツクモガミ

2014.01.22 release

<CD>


身も蓋もない現実を見据えることから生まれる生命感

天才という言葉を使うのは反則だと思うが、このバンドのフロントマン・下津光史の歌と人との出会いは膨大な情報に溢れる今の日本で、まるで隕石にあたったような自然な衝撃だった。天使と怪物が同居する存在感は、揺らぐことなくむしろ確かなものになる一方だ。目にするとき、ほぼシラフなことはない。感受性が強すぎるのかもしれないが、このご時世、絶滅寸前の“手に負えない人”(しかも平成生まれ)は、神戸に妻子を残し東京で本人曰く“出稼ぎ”しながら、誰より強烈な真実の言葉と声で今の日本を、そしてブルースを歌う。彼自身が磁場になっていることは、目につく人脈で言えば、同世代の青葉市子や平賀さち枝といったシンガー・ソングライター、バンドで言えば髭の須藤寿(踊ってばかりの国のドラマー・佐藤謙介は髭も兼任)、ART-SCHOOLの木下理樹、THE NOVEMBERSの小林祐介、そして先日は盟友・快速東京との対バンに女優の菊地凛子も参加。その吸引力は推して知るべしである。

’12年末の活動休止宣言を’13年春には撤回。それ以降はコンスタントにライブを行い、その中で生まれたバンドを代表するような「東京」「踊ってはいけない国」といった楽曲を含む、彼らの名を広く世に轟かせることになるだろう作品、それがこのセルフネームの3rdだ。ここで下津が歌うのは徹底的な事実。息をするたびにセシウムを体内に摂り入れていること(「セシウムブルース」)、市民がデモでいくら声をあげても、動じていない政府の状況(「東京」)、人類誕生時からある踊るという行為を罰するかのような法律のナンセンス(「踊ってはいけない国」)など。でも彼は“だから声を上げよう”とも“生きててもしょうがない”とも歌わない。最後に“明日あなたに会う”“それで幸せ”と歌う「それで幸せ」を据え、命そのものを圧倒的に祝祭する。徹底した事実を暴いた末の、それでも変わらない人間の普遍的な真実。アルバムのこの構造にも震える。

サウンドは以前のオルタナ・カントリーなどUSインディーにリンクする音像は薄れ、もっと歌と演奏が露出している。くだんの「セシウムブルース」は、まるでロバート・ジョンソンの時代、ギターやブル—スハープをアンプの限界のボリュームで鳴らしたようなノイジーさだし、サイケデリアに満ちたミディアム・ナンバーでも特定のジャンル感はもはやない。好き嫌いは音楽だからあるだろう。ただ、もう何かを忘れるための音楽に飽き飽きしているのなら、今が踊ってばかりの国に出会う、そのタイミングだ。間違いない。

(石角友香)

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