ヒトリエ – 今の時代だからこそ、生まれるべくして生まれたバンド、ヒトリエーー。結成に至るまで、そしてデビュー作についての濃密なインタビューだ。

ヒトリエ

2014年のロック・シーンの台風の目になる存在だと思っている。自主レーベル“非日常レコーズ”からデビューを果たす4人組バンド、ヒトリエ。ボーカロイドを用いて楽曲を作っていた中心人物のwowakaを筆頭に全員がニコ動やネット・シーンで活動していたキャリアの持ち主なのだが、そういうプロフィール的な目新しさじゃなく、もっと本質的な意味で今までにない“発明”の音楽を生み出しているバンドだと思う。ギターが、ベースが、ドラムが、それぞれの繰り出す緊迫感たっぷりのフレーズが次々と襲いかかり、その真中で鮮烈な歌のメロディが駆け抜ける。ビリビリと感電しそうな刺激に満ちたロックが鳴っている。

J-POPが“高速化”している。3〜4分の曲にたくさんのフックと展開を詰め込んで、情報をひたすら圧縮したような“高密度ポップ”が、ボーカロイドにも、アイドルにも、アニソンにも、ロック・バンドにも、いろんな日本の音楽シーンに続々と生まれている。そういうことを去年くらいから僕は言い続けてきているのだけれど、実はwowakaはいち早くボーカロイドのシーンにその潮流を生み出したパイオニアのひとりだ。

では、果たしてどんなルーツからヒトリエの音楽が生み出されたのか。初登場となる今回は、体調不良で欠席だったシノダを除くメンバー全員に語ってもらった。

INTERVIEW & TEXT BY 柴 那典

 

自分の中から生まれてきた言葉を自分で歌いたいと思ったし、それならバンド以外ありえないなって思った

──そもそもヒトリエってバンドはどういうふうにして始まったんでしょう?

wowaka 僕自身、そもそも2009年にニコニコ動画上にボーカロイドを使って楽曲を発表していく活動を始めていて。2011年に自分のそれまでの楽曲をひとまとめにした、かつ作品としてちゃんと成立するものを作って全国流通で発売できる機会をいただいたんですね。

──『アンハッピーリフレイン』ですね。

wowaka そうですね。そのアルバムを2011年の5月に発表して。で、次は何をしようかな、何をすれば面白いのかなって悩んでる時間が2ヵ月ぐらいあったんですね。次にやることは完全に別ベクトルに振りきったことをやりたかった。で、中学生の頃、自分が本格的に音楽にのめり込むきっかけになったのはバンドの音楽だったんですよ。自分の中から生まれてきた言葉を自分で歌いたいと思ったし、それならバンド以外ありえないなって思ったんです。好きなバンドのライブで感じる、個々のプレイヤーがちゃんと立って、それが塊になって襲ってくる感覚っていうのが僕はいちばん音楽で感動する瞬間だと信じていて。そういうことを今度は自分でやらずにどうするんだっていうことで、バンドを始めようって思い立った。それが2011年の8、9月くらいですね。

──そこからどういうふうにしてこの4人が集まっていったんでしょうか。

wowaka すごく大雑把な括りになるんですけど、ネット・シーンの中で演奏をしたりライブをする文化があったんですよ。それこそボカロの出てくるずっと前からですよね。東方Projectとかも考えたら、2005、6年かな?
イガラシ 2005、6年からはあったと思う。
wowaka そういうシーンだったり、ボーカロイドに近いシーンだったりで、ドラムのゆーまおはいろんなライブに出演したり演奏した動画を上げてたりしたんですよ。それで知る機会があって。当時はボーカロイドの文化がちゃんとコミュニティとして機能してて、即売会やライブ・イベントで顔を合わせる機会が多かったんですよ。そういうところで一緒に飲んだり話したりする機会もあって、彼のプレイも観ていたので、ドラム頼むならこいつだなあって最初から思っていて。で、イガラシさんは、そのちょっと前、2011年の2、3月あたりに、ゆーまおとイガラシさんが一緒にライブをやる機会があって、それでふたりが繋がっていて。
ゆーまお 寄せ集めのメンバーの単発のライブだったんですよ。いわゆるネット文化で面白いイベントをやろうって企画で。そこでふたりが仲良くなって“なんかやりたいね”って勝手に盛り上がってた。
イガラシ そのときはまだ何もやる予定はなかったけど、とにかく練習してたね(笑)。

──そのふたりをwowakaさんが誘った形?

wowaka そうですね。誘いました。そこのライブでプレイも観てたし、あと単純に自分が喋れる人というか、人間的にこの人なら大丈夫だなって思う人がこのふたりだったので。

──シノダさんもwowakaさんから声をかけた?

wowaka 最初はこの3人で始めようと思ったんですけど、スタジオに入って一緒に音を合わせるうちに、僕のやりたい音楽を形にするにはもうひとりギターが必要だってことになって。そのときふたりに聞いて、そこから名前が出てきたんです。
イガラシ もともと彼と僕が古い付き合いなんですけど、名古屋に自分がやっていたバンドでツアーに行ったら、彼が客席から観ていて。“デイヴ・グロールみたいなやつがいるな”って覚えてたんですよ。そしたら即売会で後々“あのとき観に行きました”みたいな感じで言われて“あのときのヤツだ!”って。そこからの付き合いですね。

今まで持っていた既成概念を全部崩してくれたような存在

──wowakaさんは中学生のときにバンドに衝撃を受けて、それがきっかけになって音楽を始めたということですよね。それはどんなバンドだった?

wowaka 大きかったのはNUMBER GIRLですね。解散した直後くらいに、友だちから聞いて知って、アルバムをTSUTAYAで借りて。聴いたときにすごいビックリしたんですよ。何言ってるかわからないし、うるさいし、でもすごくかっこいい。スピーカーから出てる音に“人がいる”って感じがしたんです。しかもあのビジュアルじゃないですか。今まで持っていた既成概念を全部崩してくれたような存在で。悪い意味でなく、ちょっと冴えない人が血が出るような声で歌ってるあの感じっていうのが当時の僕にはすごくかっこよくて。

──それ以前はロック・バンドってルックスのイケてる男の人がスターになるためにやるものだと思ってた。

wowaka そう。その概念しかなかったので。それをぶち壊してくれたのが彼らでしたね。その経験がやっぱり自分で音楽をやる、楽器を弾くってところにいちばん大きな影響になってると思います。

──NUMBER GIRLがルーツにあるということは、重要なのはリフになりますよね。

wowaka そうですね。リフと、あとはキメですね。

──そこは自分が音楽を作る上での指針になっている?

wowaka なってますね。でもあれよりかっこいいものを作る意識ではやってます。ああいう存在に負けてないかどうかっていうのは今でもひとつの基準になってます。

──中学生の頃からバンドをやりたい気持ちはずっと変わらずにあった?

wowaka そうですね。かっこいいバンドをやりたいなっていうのはずっと思ってましたね。高校の頃もバンドを組んでたんですけど、それは仲の良かった友だちと一緒に楽器弾いてみたくらいのもので、それはそれですごい楽しかったんですけど、そのときは歌も歌ってなくて。で、僕は大学で東京に出てきて。軽音サークルに入って出会った人と一回バンド組んでみたんですけど、それもなんかうまくいかなかったんですよね。相性がよくなかったのかわからないですけど、いつの間にか断ち切れてしまって。バンドがあんまりうまくいかなかったくらいの時期にボーカロイドを始めたんですよね。

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

M-ON! MUSICの最新情報をお届けします。

この記事に関するキーワード

この記事を書いた人