きのこ帝国 – “喪失と日常の揺らぎ”をテーマ制作された今作でこのバンドはあらたな光を導き出した。佐藤(vo、g)にじっくりと話を聞く。

きのこ帝国

 昨年5月にリリースされた、きのこ帝国の初の全国流通盤『渦になる』に寄せたオフィシャル文で、筆者はこんなことを書いた。少し長いが引用する。

「一度触れたら、その場から動けず、それと同時に感情の深淵な場所にまで響き、掻き乱し、染み入り、満たす旋律が鳴っている。どうしても刻みつけなければならない瞬間だけを、全身全霊で深呼吸するように閉じた込めた歌。そこに繊細かつ鮮烈な色とにおいと景色をつける2本のギター。静謐な音像を汚さないまま躍動し、歌がたどり着くべき場所まで導いていくリズム。無垢な少年と成熟しきった女性が声帯の震えとともに渾然一体となったような、忘れがたき声色。(中略)静寂と轟音。荒涼と熱情。透徹と歪み。憎しみと切なさ。傷みから滲み出てきた、優しさ。行き場のなかったはずの情念が切り開いた、解放。部屋、海、空。そして、ここで生きるか、死ぬか。きのこ帝国というバンド名からは、ちょっと想像もつかない音楽が、ここでリスナーを待っている」

そう、きのこ帝国の楽曲は、触れる者にただならぬ緊張感を与えながら、個々人の内観世界に浸らせるようなサウンドと歌で作り上げられている。全曲のソング・ライティングを担う佐藤の作家性やバンド・サウンドの核心は、これからも不変だろう。そのうえで、バンドはこの全5曲入りの新作「ロンググッドバイ」で大きな変革を遂げてみせた。メロディ・ラインは豊潤なコーラス・ワークを引き連れながらポップな様相を見せ、轟音のフィードバック・ノイズを擁するサウンドは格段に美しい光量が増している。“喪失と日常の揺らぎ”という作品全体のテーマを花に重ねながら短編映画集のように5曲を束ね、このバンドが表現する絶対的な音楽世界の扉を開放している。今年2月にリリースされた1stフル・アルバム『eureka』でもある種の予兆は感じられたが、正直ここまで開かれた作品が早い段階で聴けるとは思っていなかった。本作はどのようにして生まれたのか。佐藤に話を聞いた。

INTERVIEW & TEXT BY 三宅正一

 

ある種の挑戦じゃないですけど、“未完成上等!”みたいな感じで

──メロディはこれまでと比べて明らかにポップな楽曲が多いし、サウンドの美しい光量が格段に増したことによって、すごく開かれた作品になっていて。正直、最初は“5曲か、もっと聴きたいな”と思ってたんですけど、聴き終えたときは、新しいきのこ帝国の音楽像に完全に魅了されてしまっている自分がいてですね。

あはははは。ありがとうございます。

──佐藤さん自身は完成してどうですか?

まず『eureka』を作り終えて満足感があって。でも、そのあと反動のようにプレッシャーみたいなものが押し寄せてきたんですよね。“次はどういうものを作ろうか?”って考えたときに止まっちゃったんですよね。『eureka』は『渦になる』の反動で完璧なものを作りたいという思いがあって、自信のつくものになったんですけど、だからこそ悩んだというか。

──『eureka』の反応は予想以上だったんですか?

やりきったという感じだったから、あれで引き寄せられる人が少なかったらガッカリだなとも思っていたんですけど。でも、結果的に聴いてくれる人の輪を広げることができて。ちょっと目標達成じゃないですけど、大きな自信にもなって。自分たちのベストなものが受け入れられたっていう理想的なアルバムだったなって振り返ってみても思います。ただ、だんだんほかにもっとやれる表現もあるよなって思うようになって。『eureka』を越えたいという感情と、また違ったものを作りたいという感情が両方あったんです。でも、最終的には1回、完璧なものを作ろう、『eureka』を超えようという意識は忘れようと思って。そこに捉われるとすごく危険だなと思ったし。

──答えも出ないだろうしね。

そう。だから完璧なものを目指すのではなく、ある種の挑戦じゃないですけど、“未完成上等!”みたいな感じで、新しいところにシフトするモードになっていって。そこから楽になれたんです。

テーマは喪失と日常の風景

──楽になれたのは時期的にはいつ頃?

レコーディングは9月末から10月頭にかけてやったんですけど、レコーディングする1、2ヵ月前くらいですね。メンバー4人だけでプリプロに入って、短期間でバーッとアレンジも詰めて。なんでそうなったかっていうと、曲が自分から上がってこなかったからで。でも、いざ自分の中にもともとあったテーマに沿って曲を作ろうってスイッチが入ったときに、自分の中で納得いくものができていって。そこからみんなで目標に向かっていけました。

──決定的な別離、喪失が本作のひとつの大きなテーマでもあると思うんですけど。

そうですね。去年から今年にかけての1年が、メンバーもそうだし自分のプライベートもそうなんですけど、失うことが多くて。喪失の年だったなって思ったんですね。『eureka』をレコーディングしているあたりから、なんとなく次の構想を考えてるときに、かつて失ったもの、あるいは今失おうとしているものと日常の平穏さみたいなもの——そのアンバランス感をひとつの作品に残しておきたいなというイメージがあったんですよ。

──感情や記憶の記録として。

そう。ホントに記録として。それは今しかできないことだなとも思ったので。でも、『eureka』が出て、その反応や評価がすごくよかったことで“ああ、きのこ帝国に期待されてることに対して応えるものも作りたいな”って思って。あとは自分が聴く音楽も徐々に変わったのもあって、メンバーに渡す曲のタイプにも変化があったんですよね。でも、やっぱり最後の最後に残ったテーマは喪失と日常の風景だったなって。

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