黒木渚 – バンド・黒木渚から届いた新作「はさみ」。“あなた”のそばにいる“私”が知った、“所属感”ーーフロントマンである渚に話を聞いた。

黒木渚

珠玉のバラード「はさみ」は、黒木渚というバンドにとって、とても重要な曲である。九州でのインディ時代からすでに歌われていたこの歌では、出会った人と人とが互いの魂を交感させていく過程の心の機微がじつにデリケートに綴られている。それは、ある者にとっては恋愛の場面に生じるものかもしれないし、違う人であれば夢とか理想を感じるものかもしれない。いずれにしてもここで歌われているのは、薄汚いこの世界で、それでも生きていく意味があるんじゃないか? と思える、かけがえのない瞬間に生み落とされた感情だ。だからこそこの曲は、誰かとの関係性を歌のテーマの深遠部に持つこのバンドにとって、きわめて大切な意味を持っている。
今回のシングルについて、それから近況を聞く目的も含め、ボーカルの渚に会ってきた。彼女の話は、とても率直で、ストレート。音楽そのものは内側にあれやこれやを抱え込んでいるだけに、当人の素直さには、むしろインパクトを覚えてしまうぐらいである。

INTERVIEW & TEXT BY 青木優

 

いったいどのぐらいの種類の人間がここには集合してるんだろう?

──東京での生活はどうですか? 上京したのっていつでしたっけ。

今年の2月後半ですね。ツアーとかでバタバタしてて、東京で遊ぶことはあまりないんですけど、乗り物の……地下鉄の使い勝手にも慣れてきて、「生活してるな」って実感はちょっとずつ湧いてきつつあります。東京疲れよりも、まだ刺激的なものに興味を持っている段階だと思いますね。

──福岡での日々と違うのは、どのへんでしょうか?

時間の速さは全然違いますね。スケジュールが忙しくなってるのも、もちろんあるんですけど。この間、ライブもあったので、1週間ぐらい九州に帰ってたんですけど、やっぱり時間の緩慢さみたいなものが、東京とは全然違うなって(笑)。向こうのほうが一日が長い気がするし、周りの人たちものんびりしてますね。東京では“夢をかなえるぞ”という人とか“売れたい”と思ってるバンドマンとか、たしかな目的を持って、それに向かって毎日せかせか頑張ってる人たちが私の周りにいるんで、時間が速く感じるんです。

──やっぱり全国から集まって来た、いろんな人たちがいます?

そうですね、私が住んでるマンションとか、ミュージシャンが多いですよ。だから一日中音楽がどこかの部屋から聴こえてる感じです。私の部屋の両サイドは、弾き語りの尾崎豊みたいな人と、ブルースハープとか吹いてる、私が勝手にボブ・ディランと呼んでる人にはさまれてるんで(笑)、聴いたことのない音が聴こえてくることが多いですね。煮詰まってるときに、牧歌的な音楽がひょろっと聴こえてきて、ホッとしたりという刺激はあります。

──今度のシングルのカップリングの「マトリョーシカ」に出てくる<人間図鑑の大都会>というのは東京のことなのかな? と思ったんですが。

そうです、そうです。「マトリョーシカ」は去年の9月ぐらいに出来た曲で、まだ上京前だったんですけど、レコーディングのために1ヵ月間、東京に住んでたんですよ。そのときに、明らかに人間の速度と量が違う東京を目の当たりにして……たくさん人がいてウンザリしたのもあるんですけど、その中で人間がすごくカテゴライズされてるなと思ったんです。サブカル女子だとか、草食系男子だとか、いっぱい分類があって、いったいどのぐらいの種類の人間がここには集合してるんだろう? その中で私はどのタイプに興味を持ち続けるのか? どの人が面白いのかな? ということを考えてたんです。で、私が興味を持つ人が、例えばマトリョーシカだとしたら、その最後のひとつの中には何が入ってるんだろう? という発想からこの曲は出来たんですよ。それが闇とか空っぽだとしたら、すごく想定の範囲内なんですけど……そのとき、私は空っぽな人間に対して興味が持てなかったので、最後のひとつに同じマトリョーシカが出てくる結論にしたんですね。で、この曲で書いてる、病んでたり狂ってたりするふりをして内々に閉じこもってしまっている人に対しては……“しょうもないな”と思うというか。ほんとに狂ってるとか病んでる人に対しては、私は何をしてでも救ってあげたいと思うけど、そうでもないのに“病んでる”という言葉を鎧にして無気力状態を保とうとしてる人に対しては「面白いものがたくさんあるのに! もっと世界を見なさいよ」と言いたいですね。尻を叩きたいというか。

──そういう人が目についたんですか?

いっぱいいますよね。街じゅうにいるし、ブログとかにも無数にあって、それを見てるうちに“病んだふりをするのって痛々しいな”みたいに思ったんです。そういう辛辣な黒木渚が「マトリョーシカ」には表れてますね(笑)。

どこに自分のアイデンティティの重きを置いていいのか

──そうですね。これもカップリング曲なんですが、「プラナリア」には、いちばん最初に“六畳半の部屋”というフレーズが出てきますが。

これは大学時代に作った曲で、六畳半は、その頃に住んでた学生アパートのことなんです。この「プラナリア」は、作家ポジションではなく、生身の、感情的な私が書き上げた曲ですね。ほんと、なんの変哲もない夕方に、その六畳半の部屋でひとりでご飯を食べてて、急に危機感というか圧迫感みたいなものをすごく感じたんです。その原因は……学生時代の10代後半ぐらいって、自分のアイデンティティとかに対して、何かしら答えが欲しい時期じゃないですか? その時期に私は歌を書き始めていて、生身で今ご飯を食べている私と、曲を作る私と、ふたり存在してたんです。で、ご飯を食べて生きてる私のほうはイヤなことがあったら“ムカつく!”とか“イヤだ!”とか“ストレス発散したい!”とかグツグツした感情があるのに、物作りをしたい渚のほうは、それを見て“曲にしよう”みたいに、すごく冷静に捉えようとしている。その狭間にいたので……どこに自分のアイデンティティの重きを置いていいのか、わかんなくなって。

──分裂しちゃったんですね。

はい。なので、そのときすごく恐怖心があったんですよ。“私はどこに向かっていくんだろう?”みたいな。そういうブレはあんまりないほうで、精神的に乱れるようなことは珍しいんですけど。で、最終的には曲を書く渚のほうが勝っちゃって、泣きながらペンを取って「プラナリア」を書きました。結局は、今もそっちの渚のほうが勝ってるんだろうなと思いますね。

──そうですか。しかしこれが「プラナリア」というタイトルってのがね……。

(笑)プラナリアも分裂する動物なので。“ウズムシ”より“プラナリア”のほうがカッコいいですよね?

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