Lyu:Lyu SINGLE「潔癖不感症」ディスクレビュー

潔癖不感症

SINGLE

Lyu:Lyu

潔癖不感症

SPACE SHOWER MUSIC

2013.09.11 release

<CD>
※TOWER RECORDS限定販売、枚数限定生産


痛みの果てにあるもの、絶望の先にあるものを描き出す歌

 痛いのはイヤだ。だが人間が痛みを感じるようにできていることに、それなりの意味があるのは間違いないだろう。痛みが自己を覚醒させて、現実の世界に立ち向かっていくスイッチを作動させるきっかけとなることがある。3ピースのロック・バンド、Lyu:Lyuの音楽もそうした機能を備えているのではないだろうか。背中を押す音楽ではない。あえて言うならば、胸を突き刺す音楽。彼らの奏でるサウンド、紡ぎ出す言葉はまるで鋭利な刃のようだ。安易な希望をズタズタに切り刻み、綺麗事の中に隠ぺいされていたダークなものをえぐり出し、暴いていく。希望の歌を説得力を持って響かせることが困難な今の時代、今の世代にリアルに響くロックを彼らは奏でている。

 ニュー・シングル「潔癖不感症」の根底に流れているのは現実の世界に対する違和感と人間という存在に対する不信感だろう。彼らは自分たちが産み落とされたこの場所を“嫌な世界”と歌う。そして人間という存在に対して強烈なるNOを突きつけて、自らのことを“一番馬鹿らしい”と罵る。コヤマヒデカズの歌声や彼らのバンド・サウンドが泣き声や悲鳴、うめき声にも似ていると感じる瞬間がある。だが、彼らの音楽はネガティブという言葉では形容しきれない強烈な想念やエネルギーが渦巻いている。痛みとは生きていることの証しであり、叫び声や泣き声や涙は生命反応のひとつの形態だ。バンドの演奏からは生命力としか言いようのないエネルギーがほとばしっている。それは時に激しく、哀しく、そして美しい。2コーラス目のサビ前の間奏でのアンサンブルの美しさをなんと形容したらいいだろうか。

 2曲目の「Seeds」も人間の胸の中に潜んでいる闇の部分を徹底的に描いた作品と言えそうだ。ずっと闇の中にたたずんでいると、やがてその闇に目が慣れて、かすかな光に敏感になるように、絶望的な状況をこれでもかと描写していくことによって、彼らはその果てにあるもの、その先にあるものを浮き彫りにしているのではないだろうか。「Seeds」の最後の一行、“それでも伸ばした手はずっと引かないよ”というフレーズにロック・バンドとしての彼らの姿勢が凝縮されていると感じた。彼らは閉塞感溢れる時代の空気を切り裂いていく音楽という名前の強力な武器をしっかり握りしめている。

(長谷川誠)

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