クリープハイプ – 小泉拓(ds)のI、哀、愛 – メジャー2ndフル・アルバム『吹き零れる程のI、哀、愛』について、ディープなインタビューを敢行。4週にわたり公開するスペシャル企画。

クリープハイプ - 小泉拓(ds)のI、哀、愛

メンバー最年長にして一筋縄ではいかない楽曲の屋台骨を支えているドラマー、小泉拓。4人の中で最もパーソナリティを知られていないと思われる寡黙な男が歩んできた音楽人生は、そのルーツからして実に興味深いものだった。

INTERVIEW & TEXT BY 三宅正一 / PHOTOGRAPHY BY 関信行(go relax E more)

残響音に対する恐怖心があって。それを自分で制御したいと思った

──小泉くんの音楽的なルーツはどういうものなんですか?
そもそものルーツで言うと、実家の前に公園があるんですね。毎年夏にそこで盆踊りが開催されていて、そのとき聴いた和太鼓の音にハマったんです。それが小学校3〜4年の頃ですね。そこから打楽器に興味を持ち始めて、学校でも教室の後ろにあるロッカーを叩いて先生に“うるせえ!”って注意されたりしてました(笑)。
──そこから吹奏楽部に入ったりしたんですか?
それが入らなかったんですよね。幼稚園からクラブチームでサッカーをやっていて。
──クラブチームだったら練習も厳しいでしょう?
そうなんですよ。週末はだいたいサッカーの練習か試合でしたね。最初は友達に誘われて軽いノリで入ったんですけど、親父がやめさせてくれなくて。小6までやってました。
──ひそかに打楽器への想いを募らせつつ。
そう。やりたいことはあるのにできない、みたいな。だから、家でもゴミ箱を叩いたりしてましたね(笑)。
──そこまでだ(笑)。その執着心はすごいな。なんでそこまで打楽器に興味を覚えたと思いますか?
なんでですかね? ひとつ思うのは、小さい頃から残響音に対する恐怖心があって。鐘の音とか。それを自分で制御したいと思ったんですよね。
──へえ! 面白い!
変ですよね(笑)。ドラムを叩けるようになれば、自分で音をミュートできるようになると思ったんですよ。
──その発想はすごいね。残響音のどんなところが怖かったんですか?
長さですね。鐘だったら、ゴーン、ゴーンっていつ消えるかわからない怖さがあって。あとはベランダの鉄の骨組みとかを叩いて、そこに耳を当てるとキーンって音がずっと鳴ってるじゃないですか? あれを発見したときにすごく怖かったのを覚えてます。延々と続くものに対する恐怖心があったんだと思いますね。
──かなり感受性の強い子供だったんですね。
音が映像として脳裏に浮かんで怖くなっちゃうんですよ。
──じゃあ、ギターのフィードバック・ノイズとかもダメでしょう?
好きじゃないですね。バンドで言うと、ギターの音がそもそも好きじゃなくて。
──シューゲイザーとか考えられない?
ちょっと無理ですね。シューゲイザーっぽいバンドにいたこともあったんですけど、リバーブとか強くかけていて、キツいなあと思ってました(苦笑)。あ、そもそもは、自分の心臓の音に気づいたときに怖いと思ったんですよ。
──ああ、それはわかるな。この音が止まったら自分は死ぬんだって理解したときにものすごい恐怖心を覚えますよね。
そうそう。自分の意志とは関係のないところで動いていて、走れば速くなるし、止まってしまったら死ぬっていう。それがすごく怖かったです。
──死に対する恐怖心も幼い頃から自覚的だったんですか?
ありましたね。俺って親父が40(歳)のときの子供なんですね。周りの子の親よりも歳がいってるから、“お父さんはいついなくなってしまうんだろう?”という恐怖心もあって。そうやって考えれば考えるほど、“なんで俺はこんなに考え込んじゃう性格なんだろう?”って自分で自分を責めたりもして。そういう繊細なところがある子供でした。

最初はバンド・サウンドに全然興味がなかったんです

──バンドを始めたのは?
高校生ですね。八王子にある都立高校なんですけど、軽音部が盛んで、カッコいいドラマーが多い学校だったんです。1年のときはLUNA SEAとかビジュアル系がはやっていて、2年になると、みんなHi-STANDARDとかメロコアに流れていって。俺は、ただ流れに乗るのはどうかなと思って、人に頼まれたことをやってたんですよ。JUDY AND MARYのコピーとか。
──こういう音楽でドラムを叩きたいという意思はなかったの?
音楽的な好みがなくて。最初はバンド・サウンドに全然興味がなかったんですよ。映画のサントラとかゲーム音楽とかのほうが好きで、歌が乗っている音楽にあまり意味を感じてなかったんですね。
──それはなぜ?
ボーカルが乗ってる曲って、結局ボーカルがメインじゃないですか。当時の僕には、それが、余白の少ない歌に対するバックのサウンドという図式にしか捉えられなかったんです。
──じゃあ、なんでバンドでドラムを叩こうと思ったんですか?
自分ができることを考えたら、こっちだなって思ったんですよ。
──やっぱり小泉くん面白いなあ(笑)。つねに冷静というか、俯瞰で物事を見ているというか。
つねに、良くも悪くも冷静なところがあって。
──冷めてるとも言える?
よく誤解されるんですけど、俺自身は冷めてるとは思ってないんですよ。“これが普通なんだけどな”っていう感じで。
──バンドでドラムを叩くことも何かしらの熱意がないと続けられないしね。
うん、そうですね。大きかったのは、大学のときにハマったBLANKEY JET CITYで。ブランキーのライブって、毎回印象が違って。その場で生まれるグルーヴが際立っていて、“バンドでこういう感じもありなんだ”って思ったんです。で、ちゃんとプレイヤーとして地位を確立すれば生きていけるだろうなと。
──最初からプロ志向だった?
じゃなきゃマズいなと思ってました。趣味として割り切るならいいけど、そもそもサラリーマンはできないと思ってたし。大学は出てるんですけど、就職活動も全然してなかったので。

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いくら楽器陣がすごくても、ボーカルが魅力的じゃないとバンドってダメ

──尾崎くんと知り合った経緯は?
大学のときに組んだバンドでオリジナルをやるようになって、4年くらいそのバンドをやっていたんですけど、解散しちゃって。そのときにマネージャーみたいなことをやってくれてた人がいて。その人と解散後もちょいちょい連絡を取っていたんですけど、その人がクリープハイプを手伝うことになったんですね。で、“今度紹介するからライブを観にこいよ”って言われて。尾崎くんとの付き合いが生まれたのはそこからですね。
──尾崎くんの最初の印象ってどんな感じでしたか?
前髪が目にかかっていて、どこを見てるのか、何を考えてるのか全然わからなくて(苦笑)。でも、ライブを観たときにお客さんを挑発していたのが印象的だったんです。
──やっぱり尖ってたんだ。
尖ってましたね。座って観ているお客さんを毒づいたりしていて。でも、ライブの最後に“ありがとう”とか言うんですよ。毒づいたお客さんも最後には抱きしめて帰るみたいなライブをやっていて。
──アメとムチをうまく使い分けるような。
そうそう。“こいつわかってやってるな!”と思って(笑)。
──確信犯だと(笑)。
そう。でも、それまでそういうふうにお客さんを惹き付ける人にあまり会ったことがなかったからすごく新鮮で。小さな規模だったけど、場を支配して、お客さんの個々をつかむことが当時から成立していたんですよ。
──すごいことだよね。尾崎くんのフロントマンとしてのあり方がずっとブレてないこともよくわかる。
ですね。そこがないとバンドってダメなんだって思ったんですよね。いくら楽器陣がすごくても、ボーカルが魅力的じゃないとバンドってダメなんだなって。“ああ、これはもう火がついてる状態だから、この人に関わったらあとはこの火を大きくするだけだ”って思ったんですよ。そこからサポートをやることになって。今の4人になる前に、違うメンバーでサポートをやっていた時期もあったんです。そういう時期を経て、尾崎くんが(小川とカオナシの)ふたりを連れてきて。最初は、尾崎くんの周りにいたバンドのいちばん目立ってるヤツを集めたみたいな感じで。それぞれの個性も強いし、スタジオに入っても全然バラバラだし、まとまらなくて。
──それは小川くんも言ってましたね。
でも、せっかく集まったから曲を作ってみようって、みんなでああだこうだしているうちにだんだんそれぞれのキャラクターを理解してきて。実は、俺って前のバンドではカオナシ的な立ち位置だったんですよ。
──アレンジのイニシアチブを握ったり?
そう。でも、このバンドにはカオナシの意見のほうが合うだろうし、音楽的な理論もあいつのほうが理解しているし、任せようと思って。そうやって4つの素材の役割を理解する長い時間を経て、メジャーに入ったくらいでやっと料理になったという感じですね。

尾崎くんが起こした火を大きくすることに専念しようって

──このバンドにおける自分の役割はなんだと思いますか?
なんですかね? 俺の中でただ自己主張をしていればいい時期は終わったんですよ。クリープハイプに入る前は、ボーカルより目立とうとしていた時期もあったし、プレイの手数も多かった。でも、そこに“そういうことじゃない”ってはっきり言うボーカルが現れたのは初めてで。最初はそこで衝突もあったんですけど。尾崎くんに“そういうドラムじゃ歌いにくい”って言われて。
──そこで“何クソ!”とはならなかったの?
最初は思いましたけどね。でも、クリープハイプというバンドでやっていく以上は、尾崎くんの意見を聞いたほうがいいと思ったし。
──それだけこのバンドに賭けたいと思った?
そうですね。自分を貫くか、自分がちょっと変わるかという選択肢があったときに、自分が変わるほうを選んだんです。クリープハイプに入る前は長いこと自分を貫いてバンドをやってきたし、ここらへんで自分を変えてみるのもいいかなと思ったんですよ。尾崎くんが起こした火を大きくすることに専念しようって。それと、尾崎くんは自分にはない判断力があるので、そこも信用してるんです。それもデカいですね。

そうなれる可能性のあるバンドだと思ってるから

──今作の制作で最も意識したのはどんなことですか?
ムダなことをしない、ですね。それに尽きます。とにかくシンプルに。前はドラマーとしてすごいと思われたいという欲が強かったんですけど、それがどんどん薄れてきていて。曲にいらないことはしないように。そっちのほうが、話が早いんですよね。曲が早く出来たほうが(尾崎が)気持ちよさそうにしているし、その姿を見てこっちも気持ちよくなるし。
──小泉くんは今、何歳なんですか?
34歳ですね。
──じゃあ、カオナシくんとは10歳近く離れていることになるのか。メンバー最年長という立場が小泉くんを変えたところもある?
それはありますね。デカいと思います。立ち位置として、最初からそうならざるを得ないところもあるし。それは受け入れようと。例えばカオナシみたいに20代前半とか中盤でこのバンドに入ってたら、バンド内のキャラクターも違ってたかなと思うんですけど。
──もっとかき回したり?
そうですね。前に組んでいたバンドではそういう立ち位置のときもあったので。自分勝手な発言をしてバンド内をかき回したり。そういう時期を経てこのバンドに入ってるので。このバンドでは最初からそうするつもりはなかったんですよね。
──クリープハイプのメンバーとしてかなえたい夢はありますか?
音楽性どうこうではなくて、せっかくなら、例えばスピッツとかミスチル(Mr.Children)とか、あれくらいの存在感と立ち位置を確立したいなと思いますね。そうなれる可能性のあるバンドだと思ってるから。

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