黒沼英之 MINI ALBUM「instant fantasy」ディスクレビュー

instant fantasy

MINI ALBUM

黒沼英之

instant fantasy

スピードスターレコーズ/ビクターエンタテインメント

2013.06.26 release

<CD>


シング・ア・ソングの理想形

「目の前に灰皿がある。書こうと思えば、それだけで曲はいくらでも書ける」

何年も前にインタビューでそう応えてくれたのは吉井和哉氏だが、音楽家のインスピレーションとは本来そういうものなのだと今、改めて思っている。モチーフなんてなんだっていい。そこからどう創造し、どう表現していくか。大事なのはそこである。

ふと触れた指先。耳に飛びこんできた言葉。肌をなでる夜の風や、鼻をくすぐるコーヒーの香り……etc。

ひょっとするとコーヒーは適当に淹れたインスタントだったかもしれない。触れた指先は、釣り銭を受け取ったコンビニ店員のそれだったのかもしれない。きっかけはなんにせよ、日々の中で何気なく触れたり感じたりしたことが刺激となり、湧き上がった感情は色鮮やかな言葉やメロディとなり、”ラブ・ソング”として放たれていく。24才のシンガー・ソングライター、黒沼英之のメジャー・デビュー・ミニ・アルバム『instant fantasy』で歌い描かれていく世界はまさにそういう、ありふれた日常の断片に触発されて生まれた感情のドラマなんじゃないかと思う。

「ラヴソング」や「ordinary days」などに際立つ、ブルーノ・マーズやジャック・ジョンソン辺りの洋楽R&B~サーフ・ミュージックにも通じる巧みなメロディやリフ、河野圭、あらきゆうこ、田中義人らを迎えたバンド・サウンドの妙も素晴らしい。しかし、黒沼英之の音楽世界をロマンチックに、そしてドラマチックに輝かせているのは、やはり彼の歌声だ。線の細いルックスどおりの繊細なハーフトーン・ボイス。だがその歌声はストリングスとピアノをバックにした「夜、月。」ではとてつもない熱を帯び、ピアノ・ソウルな「どうしようもない」では情感豊かに弾け、聴き手の心をつかんで離さない。

ここではあっと驚くセンセーショナルな事件は何も起こらない。けれど彼が歌う世界は、ありふれた”好き”や”愛してる”よりも、ずっとドラマチックで、ずっとロマンチック。もしかするとこれは、シング・ア・ソングの理想形といえるかもしれない。

(早川加奈子)

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