Salley – フジテレビ系TVアニメ「トリコ」エンディング主題歌「赤い靴」で良質でポップなクロスオーバー・ミュージックを届ける2人組の登場。

Salley

デビュー前にUSENチャートで史上初の3冠を達成したことでも話題を集めた男女2人組ユニット、Salley(サリー)のデビュー・シングル「赤い靴」がリリースされた。大学3年生のときに大阪の大学を辞めて上京し、アコギの弾き語りスタイルでライブをしていたボーカルで作詞担当のうららと、福井を拠点に、高校時代から8年続いたバンドが解散して上京したギター、作曲、アレンジを手がける上口浩平はどのように出会ったのか。アイリッシュ・サウンドを融合させたポップ・ミュージックを掲げるユニットが誕生するまでの道のりを辿った。

INTERVIEW & TEXT BY 永堀アツオ

■それぞれの音楽ルーツとは?

──おふたりの出会いの前に、それぞれが音楽を始めたきっかけからお伺いできますか?

うらら 私は物心がつく前から、家で音楽がいつも流れてるような環境だったので、歌うことや音楽を聴くことは、意識する前から当たり前に好きだったんですよね。7つ上の姉がいるので、幼稚園から小学生までは、姉が好きだったユニコーンさんやTHE YELLOW MONKEYさんを聴いてて、中学生になってからはaikoさんとかスピッツさんとか。宇多田ヒカルさんやYUKIさんも好きで、ずっと聴いてましたね。

上口浩平 僕も7つ上に兄貴がいるので、兄貴の影響でオアシスとかグリーン・デイ、ブラーやグー・グー・ドールズを聴くようになって。ギターを始めたのは中学1年生のとき。当時、仲が良かった友達が、いきなり“ギターを始めようと思う”って言い出したんですよ。先に大人になられる感じがして、すごく悔しくなって(笑)。それで、おばあちゃんにお願いして、エレキ・ギターを買ってもらったんですけど。

ザ・ベンチャーズの「パイプライン」。それが、すごくカッコいいなと

──どうしてエレキ・ギターだったんですか?

上口 当時、ちょうど、「LOVE LOVEあいしてる」という番組の企画でKinKi Kidsのふたりがギターを始めたんですよ。そのとき、吉田拓郎さんに、ザ・ベンチャーズの「パイプライン」を教えてもらってて。それが、すごくカッコいいなと思ったんですよね。“テケテケサウンドを自分もやりたい!”ということでエレキ・ギターを選んだんだと思うんですけど、大学生になった兄貴が、軽音楽のバンド・サークルに入っていたので、そのバンドでコピーしたスコアを全部もらって、ひたすらコピーしたりして遊んでましたね。イエモン(THE YELLOW MONKEY)さんをコピーして、GRAPEVINEさんにどっぷりハマって、また洋楽も聴くようになって。コールドプレイとかジョン・メイヤーとかジャミロクワイとか。わりと16ビート系のオシャレサウンドを聴いてました。

──高校時代はどう過ごしてました?

上口 地元でギターの師匠に出会って。“プロのギタリストをめざすんやったらいろいろ聴いといたほうがいいよ”っていうことで、高校を卒業するぐらいから、ソウルとかジャズとかフュージョン系をよく聴いたりしてましたね。

──バンドやシンガーとしてデビューしたいというよりも、プロのギタリストをめざしてた?

上口 いや、バンドも組んでたんですけど、バンドはバンドでやりながらも、自分のギターのテクニックを磨くために、いろんなジャンルの曲に触れてたっていう感じですね。

うらら 私は、ずっと歌手になりたいっていう想いはあったんですけど、中学生ぐらいから周りに大っぴらに言えなくなってて。ちょっと恥ずかしいし、みんなに何言われるかわかんないしと思ってたんですね。中高の自分の目標はいたって普通の学生になることだったので(笑)、ずっと黙っていて、大学に進んでから、バンド・サークルに入って、初めてバンドというものを組んで、ギター&ボーカルとして、アナログフィッシュさんやLOST IN TIMEさん、YUKIさんのコピー・バンドをやってました。

逃げ道を捨てるためにも、大学は辞めるって決めた

──その後、おふたりとも上京することになるんですよね。上口さんが福井から、うららさんは大阪から。

うらら そうですね。大学の3年生になって、今から就活して社会人をめざそうっていう時期に入ったときに、自分はここから先、音楽がなくなって、普通のOLになって、普通に主婦になるっていうビジョンがまったく浮かばなかったんですよね。それは、なんか違うなとも思って。じゃあ、ここが、ほんとにやりたいことをやりたいって言うタイミングなのかなと思って、卒業まであと1年半くらいのタイミングだったんですけど大学を辞めて……。

──三回生までいったのに辞めちゃったんですね。思い切った決断ですね。

うらら もしも音楽で失敗しても、大卒だから就職すればいいやっていう甘い考えだと、私は絶対その環境に甘えちゃって、音楽で失敗したときに、もしくは、一生懸命になれなかったときに言い訳にしちゃう可能性があると思って。その逃げ道を捨てるためにも、大学は辞めるって決めたんですね。その後、ちょっとお金を貯める期間があって、音楽をやるために上京してきたんです。

上口 僕は、地元の福井に拠点を置いて活動してたロック・バンドが解散しちゃって。東京に行ったら、何かあるかなっていうワクワク感だけで上京したんですね。新しい環境に対する期待感だけで、最初は何も考えずに来てしまいましたね(苦笑)。

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