Dragon Ash – メンバーIKÜZÖNEの急逝を受け止め、“その先へ”進む決意を改めて力強く示したシングル「Here I Am」。彼らにとっての“存在証明”とは?

Dragon Ash

これほどまでにドキュメントな曲もないだろう。Dragon AshのベーシストであるIKÜZÖNE急逝から1年という月日は、残されたメンバーが再始動を決意するまでに要した大切な時間だった。その始まりに選んだ曲こそ「Here I Am」であり、そのリリックはIKÜZÖNEへの想いが紡がれている。だが、「Here I Am」は悲しみに暮れ膝を抱える者の歌ではない。深く傷つきながらも、“その先”をめざす人々の歌なのだ。いつだって喜怒哀楽を全身全霊で奏でてきた彼らだからこそ、このタイミングでのインタビューもまた、多くの笑い声と真摯な言葉に満ちていた。

INTERVIEW & TEXT BY 唐澤和也

今いちばん思ってんのは、“いきなりなんだ、この変な質問?”って

──新曲「Here I Am」のお話の前に、まずは“自分探し”という言葉について。みなさんは、好き嫌いで言うとどちらのタイプでしょう?

Kj まぁ、犬が自分の尻尾を追っかけてるのと同じじゃないですかね。自分で自分を探している人が見つけたいものなんだから。そんなのクルクルやってたって見つかるわけねぇだろみたいな。……ただ、今いちばん思ってんのは、“いきなりなんだ、この変な質問?”ってことですけどね(笑)。

全員 ははははははは!

──えっと、その説明の前に、好き嫌いで言うと?

Kj “探求”という言葉に置き換えてもいいなら、大好きです。俺は、突き詰めたりだとか、掘り下げたりだとか、探求するのが大好きなんで。

DRI-V 僕も好きです。自分の場合は踊りですけど、技の練習をするときに、この体勢だったら左手はこうなってなきゃいけないとか、そういう研究というか、突き詰めていくことは大好きなので。

HIROKI 俺は、大嫌いっすね、自分探し。基本、自分を見つめたくないから。こと楽器ってことに関していえば、そこは見つけなきゃいけなくて、もうそれで精一杯だから、それ以外の自分なんて探したくもない。

全員 ははははははは!

桜井誠 俺も嫌いですね。建志(Kj)の言った“探求”だったら俺も好きなんだけど、最近、世間的によく使われる“自分探し”って言葉があんまり好きじゃないから。あれって、若者の象徴みたいな言葉でしょ?

Kj あ、そうなんだ?

桜井 うん。“何をやったらいいんだろう?”“ここは俺の居場所じゃない”みたいなさ。俺、やりたいことがないって瞬間があまりないから、そういう心情がよくわからなくて。

BOTS 俺は、その言葉の好き嫌いを一回も考えたことがなかったから、よくわかんないですけど……世間的な意味での自分探しをふと考えることはあるかもとは思いました。普通の人がそういうことを考える時期に、バンド界の特待生的な扱いで入学させてもらった感覚があるので、今になってふと考えるときは、たまにあります。

Kj でもさ、学生のときに昼飯代を我慢してさ、“よし、この金で12インチのレコード買おう!”とかやってたじゃん。で、弱いヤツの弁当を奪って。

BOTS 奪ってない、奪ってない。

Kj 俺、ああいうのいいなと思ってたよ。あれ、自分探しじゃないの?

BOTS たぶん違うと思う。違うし、そもそも人の弁当は奪ってないから(笑)。いい話風に言うなら、ちゃんとそういう感じで話してよ。

全員 ははははははは!

ATSUSHI 俺が今思ったのは……。

Kj 出たよ! こういう質問が大好きそうなヤツがデカいことを言いそうだよ!(笑)

ATSUSHI これは自分の言葉じゃないんですが。ドイツのピナ・バウシュという舞踏家が……映画(「Pina/ピナ・バウシュ踊り続けるいのち」)にもなってるすごい人なんですけど……その映画の最後に言ってたセリフが印象的で、“踊り続けなさい、自分を見失わないために”と。

Kj デカい! 答えのスケールがデカいって!(笑)

全員 ははははははは!

船を走らせると決めたときに、もう一度ちゃんと向き合っておきたかった

Kj で、なんなんすか、この変な質問の意図は?

──いや、「Here I Am」での“存在証明”という言葉が心に刺さって、ふと思い出したんです、18歳の頃を。当時通っていた予備校の先生が、“Identify(アイデンティファイ)という言葉は決して他者と自己の違いを証明するという意味じゃない。俺は俺だと証明する言葉だ。だからその名詞であるIdentity(アイデンティティ)もそういう言葉なんだ”と教えてくれて。

Kj あぁ、なるほど。

──桜井さんの語感に近いのですが、若者が使う“自分探し”という言葉が好きじゃなくて。でも、Dragon Ashが使う“存在証明”は、他者との比較ではなく“俺は俺だ”という語感があって、好きだなぁと。

Kj うん。簡単に言うと、“我思うゆえに我あり”だから。まず、自己がどう思えるかってことだよね。他者に対してのプルーフ(証明)というよりは、自分に誇りを持ちたいというか。そりゃあさ、アーティストだからいろいろあるじゃない? セールスとかライブのクオリティだとか、他者に認めてもらわなきゃ成り立たない部分がさ。でも、それが、“まず”ではない。俺の存在証明、自分が宝物を持てるか否かっていうのが、“まず”だから。……そういう意味でいうと、(再始動にあったって)まず、こういう曲を出しちゃったから、正直、プロモーションが相当苦痛ではある。

──苦痛、ですか?

Kj うん。苦痛。“そんな敏感なとこ触れんなよ、他人が!”みたいな瞬間がいっぱいあるし。でも俺は、(IKÜZÖNEの死を)一度向き合っておきたかった。もう一度、船を走らせると決めたときに、もう一度ちゃんと向き合っておきたかったんです。そのうえで、帆を張るというのが、俺はバンドマン然としてるって、すごく思ったから。

桜井 やるしかないですからね、俺たちの選択は。“じゃあ、音楽やめますか?”という話になったとして、それはやめられないわけで。その意志がメンバー全員に固まって、建志がこういう曲を書いてきた以上、ここをくぐるというか、進むしかないというか。いや、“進みたいし!”ってことでした。

DRI-V あと、お客さんとの共有ですよね。

Kj うん。そのとおり!

DRI-V この曲が出来てからまだライブをやってないですけど、建ちゃんが言ったようにまずは自分たちが向き合って、そのうえで、お客さんと共有したいです、この曲を。そうやって少しずつ前に進めるような気がします。

──同曲の中でも“その先へ”という言葉がDragon Ashらしいなと感じました。個人的には、なんの根拠もないのに“未来はきっと明るいから”などと歌われても共感できないんですね。でも、“その先へ”という言葉には、ちゃんと“今”がある。痛みなり、歓喜なりを踏まえた“今まで”がある。だから、Dragon Ashの歌には共感できるし、“その先へ”という言葉が信頼できるというか。

Kj まさにそのとおり! そうなんだよ。まさにそのとおりで、“明日があるさ”とは、俺の性格上、言いたくないというのがあって。だってさ、明日がないこともいっぱいあるはずでしょ? でも、俺たちは“憂いの果て”まで行ったから。もうその先に行くか、ここにとどまるしかない。そういうことを全部踏まえたうえで、“その先”へ行くために、この曲をやっているわけだよね。“その先”が超ハッピーかどうかなんてわかんないよ? そんなの全然わかんないんだけど、ここにいるよりはいいよね、そういうことだから。先が見えてるから行ってるわけでは全然ない。

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