きゃりー、くるり、RIP SLYME……、いま最も注目のMV監督「田向潤」が持つ“シュール”な世界観

2014.10.28

きゃりーぱみゅぱみゅのミュージック・ビデオは、これまですべて田向潤が手がけてきた

いま、最も人々の印象に残るミュージック・ビデオを撮ることのできる映像ディレクターといえば、まっさきにこの名前が挙がるのでは。田向潤。たとえばYouTubeに新曲がアップされるや世界中からのアクセスが集まるきゃりーぱみゅぱみゅ。彼女のミュージック・ビデオは、これまですべて田向潤が手がけてきた。一度見たら忘れられない中毒性のある作品の数々には、いったいどのような魔法がかけられているのだろう。

その演出を“シュール”というキーワードで読み解いてみたい

「変な新曲」としてファンの話題をさらったくるりの「Liberty&Gravity」。その世界観を見事に映像化した、田向潤によるミュージック・ビデオも注目を集めている。

カラフルな衣装やセット。ユニークな振り付けと謎のキャラクター。そして、まるで人形のようにばらばらに切り貼りされ、空間を自由自在に動き回るアーティストの身体。きゃりーの楽曲をはじめ、田向潤の多くのミュージック・ビデオに見られる特徴だ。しかし、それらの要素が持つインパクトの奥にこそ、後を引く独特な魅力の理由がある。きゃりーのイメージから“ポップ”と形容されることの多い田向潤の作品だが、ここではその演出を“シュール”というキーワードで読み解いてみたい。

演劇やお笑いのネタなどの奇をてらった不条理な設定を指すシュールという言葉、元は1920年代にフランスで起こった前衛芸術運動で超現実主義という意味を持つ「シュルレアリスム」を略したもの。多岐にわたるシュルレアリスムの表現のなかでも、新聞や雑誌の切り抜き、古い版画、布切れといった脈絡のないばらばらな素材を集め同居させるコラージュとよばれる技法は、あえて異質なものを組み合わせ、その感覚のズレを利用して独特な雰囲気を生み出す編集技術として、アニメ作品などにおいて目にする機会も多い。

共通する特徴は、むしろそのシュルレアリスム的な編集感覚

様々な要素が次々に画面上に現れ躍動する田向潤のミュージック・ビデオも、現代版コラージュの一種と言えるだろう。色の鮮やかさや振り付けのスピード感につい目がいくが、田向潤のかかわったミュージック・ビデオに共通する特徴は、むしろそのシュルレアリスム的な編集感覚にある。田向潤自身ファンだというRIP SLYMEの「ロングバケーション」は、平面的な背景と色の抑えられた人物が、異なった質感をたたえながら絶妙なバランスでゆるやかに連動するのが印象的。また、かつて田向潤がアニメーションを担当したTOWA TEIの「Mind Wall」を見ると、鳥や昆虫、果物といったモチーフからその筆致にいたるまで、シュルレアリスムの代表的な画家として多くのコラージュ作品を残したマックス・エルンストの影響を感じずにはいられない。

シュールな世界を生み出す魔法の源泉

コラージュは編集技術の進歩のなかでいまや最も一般的なギミックの一つ。しかし、田向潤のミュージック・ビデオを見ているとそうした手法の持つわくわく感がいつまでも色褪せない。そこは思いがけない出会いの予感で満ちている。シュールな世界を生み出す魔法の源泉を、ほかのミュージック・ビデオからさらに探ってみよう。

「Liberty&Gravity」が収録されているくるり『THE PIER』。アルバムのラストを飾る「There is(always light)」のミュージック・ビデオも田向潤のディレクション。これまでとはかなり印象の違う作品である。美しい映像なので是非通して見ていただきたい。

現実を一枚めくると現れる、これまでとはどこか違った風景

反射光によって表現された雨が、歌詞の言葉へと像を結ぶ(前掲動画1:25頃)。「Liberty&Gravity」と打って変わって黒い背景に黒い衣装でストイックに演奏するバンドメンバーは、無数の小さな鏡の反射によって織り成された一枚の大きなスクリーンの向こう側にいるようにも見える(同2:10頃)。やがて後半に入ると、文字の映し出されていた境界は水面へと形を変え、像が反転(同2:50頃)。奥行きを持った空間の中で別個に存在していたバンドの姿と文字が水面上で同じ光の反映となって混じり合い、いやがうえにも楽曲へと引き込まれていく。

厚い雲に覆われ先の見えない時代に、それでも前を向き希望の光を探そうとする、岸田繁の苛立ちと決意の歌。そこにあえて田向潤が付与したロマンティックな映像には、強く心を動かされるものがある。では、これはいままでのシュールな演出を引き継いだ「Liberty&Gravity」とはまったく別の想像力によって生み出された作品なのだろうか。ここで、同じ時期に発表されたねごとのシングル「アンモナイト!/黄昏のラプソディ」のミュージック・ビデオを見てみよう。

二つの表題曲のミュージック・ビデオが一続きの映像作品となっているユニークな構成。アンモナイトの描かれている白い箱をかぶったメンバー。その顔はかたわらに置かれたテレビのなか。身体はときに演奏からはなれ、ロボットダンスまで繰り出される。そんなシュールな前半から一転、「アンモナイト」の演奏を終えたギタリストの沙田瑞紀が箱に繋がれたコードを抜き、4つの姿見が並ぶ静まり返った隣室へと移動(前掲動画4:40頃)。被っていた箱を脱ぎ捨て、「黄昏ラプソディ」のイントロを奏で始める。ただし、これ以降演奏するバンドメンバーの姿は鏡に映った像としてしか現れない。一見シンプルな演出だが、わかりやすく奇抜な演出が施された前半の「アンモナイト」よりも一層不気味な雰囲気が漂う。鏡の向こう側では、アーティストが楽器を演奏して音楽を生み出すのではなく、音楽によって演奏するアーティストの姿が生み出されているのだ(同8:13)。

現実を一枚めくると現れる、これまでとはどこか違った風景。それは不気味な異世界かもしれないし、ひょっとしたら希望かもしれない。いずれにしても、そうしたまだ見ぬ世界との遭遇への期待がわたしたちの日々にわくわく感を与えてくれる。鏡のモティーフは、その向こう側にいるなにかを通して、田向潤のシュールな想像力の源泉と深いところで繋がっている。

見る人に伝わらなくてもいい裏設定がある

ミュージック・ビデオの制作について訊かれたとき、田向潤は「裏設定」という言葉をよく口にする。

「ストーリーというほどではないんですけど、見る人に伝わらなくてもいい裏設定があると、いろんなことを決めやすいというか。裏設定に沿って展開の細部が決まっていくんですよね。あんまり自由すぎると、決められずに何も描けないので。」

CINRA.NET 「全MVを作る田向潤が語る、きゃりーぱみゅぱみゅの才能って?」より引用

たとえば「Liberty&Gravity」の裏設定については、インタビューでこんな風に語っている。

「脚の箇所は歌詞から来ているんですが、「博士のやることなすこと~♪」の箇所から、博士が自分のフェチズムを満足させるために作った脚の出てくるヘンテコな発明なんだけど、しょぼくてワインを倒しちゃうっていう設定です。壁の裏に、実際にダンサーが台車の上に座っていて、台車をみんなで押して、脚をニョキっと出してるんです。」

white-screen.jp 「メンバーも踊り出す! くるりのMV「Liberty & Gravity」田向潤監督インタビュー!! “わからない”ことを楽しめる“わけのわからない”MVとは?」より引用

気づかれなくてもいい、でも気づくとぐっと面白くなる、本筋とは関係ないイメージの連鎖。これもまた、鏡同様思いがけない出会いを演出する仕掛けの一つと言えそうだ。

田向潤はミュージック・ビデオをあくまで楽曲を売るための広告と語る。それは、自分の撮った作品が楽曲やアーティストとの出会いの扉となることへの強い意識の裏返しでもあるだろう。YouTubeにアップされた田向潤のミュージック・ビデオは今日も新たな驚きとともに世界中に届けられる。その驚きがこれからも人々のさらなる楽曲との出会いを生み出していくに違いない。

TEXT BY ミズタタカシ

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