40歳を超えたロックミュージシャンは何をしているのか?

ロックの世界には「年齢」にまつわる有名な話がふたつある。

ひとつは「ロックスターは27歳で死ぬ」というジンクス。ジミ・ヘンドリックス、ジム・モリスン、カート・コバーンといったロックスターたちは27歳でこの世を去っている。

もうひとつは「Don’t trust over thirty.(30歳以上の人間を信じるな)」という格言。60年代末のヒッピームーブメントを牽引した活動家ジェリー・ルーピンの言葉だ。

では、27歳、30歳を超えたロックミュージシャンはどんな生活を送っているのだろうか。そんな疑問に答えてくれるのが、バンドブームの真っただ中でデビューした筋肉少女隊のボーカル・大槻ケンヂの著書「40代、職業・ロックミュージシャン」だ。

この本は、80年代に活躍し、その後40歳を超えてしまったロックミュージシャンたちのインタビューを通して、「職業としてロックを続けていくとは何か」を考えた本である。今回は、本書より3人の40代ロッカーの生き様を紹介しよう。

 

客の店を転々とする居候のプロ

まずはLAUGHIN’NOSE、COBRA、DOG FIGHTというバンドブームを彩ったグループで活躍したギタリストのナオキ。

ナオキはドッグファイト解散後、水商売の仕事を始めた。ボーイズバーやスナックの店長として、常連たちと毎日酒を飲む生活を送っていた。そして、自分の家を引き払い、店の常連の家に順番に居候させてもらう生活を始めた。

居候先では家事全般を完璧にこなすことで、家主の信頼を獲得し続けた。そして42歳から始めた居候生活はなんと9年目に突入。一方、音楽で成功する夢は諦めておらず、バンド「SA」での活動に取り組んでいる。だが、まだ結果が出ていないため、楽しい居候生活は継続中だ。

 

中国のミュージシャンコミューンのロック仙人

次は爆風スランプの元ドラマー、ファンキー末吉。

ファンキー末吉は、42歳のときに日本で稼いだお金を持って、北京郊外にある通称「中国ロック村」に移住した。中国ロック村は楽器の音をいくら出しても苦情はなく、家賃も5000円程度ということもあって、貧乏な若者ミュージシャンが集まっている場所だ。

そんなロックミュージシャンたちのコミューンに、ファンキー末吉はスタジオを建設。自由気ままに生活しながら、35年間のミュージシャン経験を生かして、若手ミュージシャンのプロデュースやアレンジを無償で行い、彼らの音楽活動の手助けをしている。

若者ミュージシャンたちは、ファンキー末吉が不便な中国ロック村で直面する、雨漏りや漏電などの生活上のトラブルを解決してあげることで、恩返しをしているのだとか。

ファンキー末吉は中国ロック村で、村の若者に助けられながら「ロック仙人」として隠居生活を満喫しているのだ。

 

地域に貢献する良き大人

最後は、LOUDNESSラウドネのボーカル・二井原 実。

二井原は、ナオキやファンキー末吉とは異なり、堅実な生活を送っている。40歳を超えた彼は、家族との生活のために八王子にマイホームを購入し、都心から移住。引っ越し後に地域の理事を任された二井原は、朝は旗を持って横断歩道に立って地域の安全を守り、休日は地域の行事に積極的に参加している。また子供の通う学校から依頼を受けて、校歌の作曲を担当した。まさに地域に貢献する「良き大人」としての生活を送っているのだ。

本書には他にも24名のミュージシャンが登場するが、その生活はそれぞれでユニーク。どうやら40歳を超えたロックミュージシャンの暮らしも、悪くはなさそうだ。

 

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

M-ON! MUSICの最新情報をお届けします。

この記事を書いた人