「尾崎豊さんはなんの前触れもなくいなくなってしまった 」/「OZAKI・50」編集者・細川真平インタビュー

150612-YK-140101’83年にデビューし、若者たちから絶大な支持を得ながらも、’92年に突然この世を去った伝説のロッカー、尾崎豊。彼が生きていたら50歳を迎える今年の11月29日、その魅力により深く触れることができるボックスセット「OZAKI・50」が発売される。当時、音楽雑誌で尾崎を担当し、このボックスセットの編集も手掛ける細川真平氏に話を聞いた。

インタビュー:安川達也
構成&撮影:編集部


すごく素直な印象の好青年で、ていねいに挨拶をしてくださったんです 

──まず尾崎豊さんとの関わりから教えていただけますか。

細川真平 僕は’89年にCBS・ソニー出版に中途入社して、月刊音楽誌「GB」の編集者になりました。’90年の秋に、尾崎さんはシングル「LOVE WAY」(’90年10月21日 発売)を出して活動を再開しましたが、ちょうどその頃僕は入社して1年くらい経っていて、そろそろ責任あるアーティストを任せられるような時期だったんです。それで、前任者の異動もあって、尾崎さんを担当させてもらうことになりました。正確にはアルバム『誕生』(’90年11月15日発売)からですね。当時「GB」では、新譜のリリースやライブのあるなしなどに関わらず、とにかく毎月、誌面に出てもらうレギュラー・アーティストという人たちを決めていまして、尾崎さんもそのひとりでした。ですから、僕は毎月、尾崎さんの記事を作るようになったわけです。

──初めて会ったときのことを覚えていますか?

細川 覚えています。すごく素直な印象の好青年で、ていねいに挨拶をしてくださったんですよ。体ごと45度くらい下げて「尾崎です!」って。それまで僕の中で尾崎豊というのは漠然としたイメージしかなくて……僕は彼よりひとつ年上なんですね。若い頃って、背伸びして、年上の人の音楽を聴こうとするじゃないですか。ですから、個人的には尾崎さんの音楽は聴いていなかったし、断片的に入ってくる情報では、確実なイメージがまだ僕の中には作られていなかったというか。だから初めて会って、ああ、同じ時代を生きているリアルな人なんだなっていう印象を受けました……変な印象ですけどね。

──細川さんは尾崎さんが亡くなる2日前にも取材をしていますよね。これが最後のマスコミ取材だったとも言われています。あえてお聞きしたいんですけど、最後の取材のときはどういう感じだったのですか?

細川 そのことは尾崎さんが亡くなった後、いろんな人に聞かれましたね。最後の取材のときに、何か死の兆候はなかったのかとか、変なところはなかったのか、とか。でも本当に何にもなかったんです。本当にいつも通り“おはようございます”ってスタジオに入ってきて、“今日はこういう感じで”っていう僕の指示で撮影が始まって……。

──それは、結果的に最後になるアルバム『放熱への証』(’92年5月10日発売)に関する取材ですよね。

細川 そうですね。ひとつ思い出すのは、当時「GB」には、雑誌よりちょっとサイズが小さくて16ページの“ミニブック”っていう、ひと組のアーティストだけを特集する付録があったんですね。最後の尾崎さんの取材というのは、それ用だったんです。尾崎さんはもちろん表紙になってもおかしくないアーティストでしたし、実際に何度も表紙になっていますけど、“ミニブック”は一度もやったことがなかったので、16ページを使って、しっかりと尾崎さんを見せようということに編集会議でなったんです。それで、取材に先立ってその話を尾崎さんにしたとき、拒否はされなかったんですけど、結構嫌がられて……。「“ミニブック”って付録でしょう?  付録っていうのが僕はなんとなく嫌なんです」って言っていました。最終的には了解してくれたんですが、そのことを亡くなった後に思い出して。表紙にしてあげられていたら本当は良かったのかな、と思ったりしましたね。

尾崎さんへの理解が深まったり、愛情が深まったりという体験をしてもらいたい

──それから23年が経った今、この「OZAKI・50」が発売されます。このボックスセットには、紙媒体として究極の表現方法ともいえるトレジャーブック(※1)も含まれていますが、これを今回の尾崎さんの企画でやろうと思ったのは?

細川 実は、ジョン・レノンのトレジャーブックが10年くらい前に出版されているんですよ。僕はそれを持っていて、すごく大事にしているんですが、ジョンがどういう感受性を持っていたのかというようなことが、レプリカを手に取ることによって、よりリアルに体験できたんです。そこにレプリカされている一つひとつの要素がアーティスト=ジョン・レノンを形作ったということが、すごく伝わってきて、僕の中でのジョンへの理解がすごく深まった。で、「OZAKI・50」の企画を考えているときに、尾崎さんでこれができたらいいな、と思ったんです。決して、遺品をお見せしたいということじゃないんです。尾崎豊を尾崎豊たらしめることになった要素をファンの人たちにお見せして、手に取ってもらいたい。そうすることで、改めて尾崎さんへの理解が深まったり、愛情が深まったりという体験をしてもらいたいと思ったんです。また、コンサート・チケットや当時の販促物などのレプリカからは、あの時代の空気といいますか……つまり、ファンと尾崎さんが同じ息をしていた、その空気の感じや色なども伝わってくると思います。

──もうひとつ今回のボックスセットの中に入る写真集。これもファンの方々は相当期待していると思います。

細川 これには、かなりの枚数の未発表写真が使われます。実は田島(照久)さん(※2)とこの企画の話をしたときに、「FREEZE MOON」っていう写真集にすべてを全力投球したから、さらにもう一冊、写真集を作るのは厳しいとおっしゃられたんです。

──「FREEZE MOON」は、ファンの間ではバイブル的な扱いになっていますものね。

細川 そう。いい写真は全部そこに使ってあるって思っていたんです、田島さんも僕も。ところが23年経った今、改めて田島さんの手元にある写真を見ると“この尾崎さんって当時は気付かなかったけど、良い表情していませんか?”とか、そういった写真がいっぱいあることがわかったんですよね。そういう写真を中心にして、これまでファンが出会ったことのない尾崎さんの写真集が作れるんじゃないかと思ったんです。「FREEZE MOON」というひとつの完ぺきな作品はあるけれど、言ってみれば、そのアナザー・ストーリーといったスタンスの写真集ですよね。

──さらに田島さんがこの企画のために、オリジナルプリントをアイテムとして入れてくれると聞きました。

細川 これはすごいことですよ。写真集ももちろん作品ではあるけれど、印画紙を使ってネガを直接焼きつけるオリジナルプリントは、まさにひとつのアート作品ですよね。今回の「OZAKI・50」を買ってくれるファンの皆さんに対して、真摯に向き合いたいという田島さんの気持ちの表れだと思います。しかもその写真も未発表カットなんです。田島さんが自らが、この写真を使いたいと選んでくださったものです。

言葉と言葉の間の沈黙、尾崎さんがそこで何を考えていたかまで伝わってくる

──さらに、初の試みであるインタビュー音源を集めたCDとは、どういったものなんですか?

細川 CBS・ソニー出版には「GB」とは別に「PATi・PATi」という雑誌もあって、両誌ともに尾崎さんを強力に応援していました。その中で、音楽ライターの藤沢映子さんがデビュー以来、10代の尾崎さんを毎月インタビューしていたんです。最初は「GB」、途中からは「PATi・PATi」で、でしたね。藤沢さんは、当時の尾崎さんのインタビュー・テープだけはなぜか捨てられなくて、今でも持っていらっしゃったんです。ほかのアーティストのものは捨てたり、上書きしてしまったりしていたそうなんですけどね。今回のCDには、’84年1月30日から、’85年の12月、つまり20歳になってすぐのタイミングで行われたインタビューまで、約20本のテープの中から、尾崎豊というアーティストをもっと深く理解できる手立てになるだろうと思われる部分を選び出し、収録しています。

──雑誌のインタビュー音源が表に出るということは、あまりないと思うんです。とても面白い試みですね。

細川 発想はトレジャーブックに近いのかもしれないです。どれだけリアルに尾崎豊を作り上げた要素を体験できるか。音で聴くものとしては、これは究極の形かと思ったんですね。アーティストとして完成された尾崎豊の姿っていうのは、もちろん音楽作品とか彼が書いた小説とか、いろんなものが出ているわけですけど、それらを作り上げる過程において尾崎豊というひとりの人間が何をどういうふうに考えていたのかが、そのインタビューを聴くとわかる気がします。例えば、18歳でそこまで考えているのかと驚かされるような発言があったり、具体的に「15の夜」のエピソードを語っていたり。話の骨子はもちろん記事になって、多くの方が読んでいらっしゃるだろうけど、肉声で聞くとまた違うんですよね。言葉と言葉の間の沈黙、尾崎さんがそこで何を考えていたかまで、伝わってくるようなんです。決して尾崎さんの肉声が聴けてうれしいといったことだけではなくて、こういう作品になっていない部分も含めて、尾崎豊というのは尾崎豊というひとつの作品なんだなということが伝わってきます。

──そういえば先日、息子さんの裕哉さんにお会いになったそうですね。

細川 尾崎さんの使っていたギター、フェンダーのテレキャスターとピックをお借りしたんですよ。ピックはレプリカにします。スタッフは全員、白手袋をはめてピックを扱っていますよ(笑)。ギターは田島さんが撮影してトレジャーブックに掲載します。最後となった『TOUR 1991 BIRTH』で使っていたギターとピックですね。

空虚感にケリを付けたいという気持ちが僕の中にはありますね

──この「OZAKI・50」には、皆さんの想いが詰まってますね。

細川 僕の話で恐縮ですが、カッコイイ言い方をすると、ケリをつけたいという感じもあるんです。さっき言ったように最後が“ミニブック”だったし、まだまだ付き合いは続くと思っていたのになんの前触れもなく彼はいなくなってしまったし……。編集者としても、ほぼ同じ年の人間同士としても、置いていかれた空虚感のようなものがずっとありました。それにケリをつけたいという気持ちが、僕の中にはありますね。それともうひとつは、この天才アーティストを後の世代に伝えていきたいということ。そういう「責務」みたいな気持ちよりも、さっき言った「空虚感」のほうが強かったんですが、僕自身も50歳になったからか(笑)、「責務」という部分もとても強く感じるようになってきました。こういうふうに、この「OZAKI・50」の制作に関わっている人には、それぞれの想いがあると思うんです。ご覧いただけば、それが伝わると思います。そして、「OZAKI・50」を通して、ファンの皆さんのそれぞれの想いもまた、より深まると思います。

※1 トレジャーブック:そのアーティストのコンサート・チケット、直筆ノートや手紙など、様々な資料のレプリカを封入した豪華書籍。

※2 田島照久:アート・ディレクター、デザイナー兼写真家。尾崎豊の全作品のデザインを手がけると共に、デビュー以前から彼が亡くなるまで、その姿を写真に収め続けた。写真集「FREEZE MOON」は彼が撮影した2万点を越える尾崎の写真から339点を収めた写真集。’92年発売。

発売情報

尾崎豊『尾崎 豊『OZAKI・50』』
~尾崎豊生誕50周年記念プレミアムトレジャーボックス~

150612=YK=052901
コンサート・チケット、ギター・ピック、直筆ノートの一部、手紙をはじめとした貴重な品々のレプリカを収納したトレジャーブック、未発表写真を含む写真集、10代のインタビュー肉声が聴けるCD、厳選された1点の写真を使用したオリジナルプリントをセットにした豪華ボックスセットです。
監修は尾崎豊を世に送り出した音楽プロデューサー、須藤 晃氏。写真・デザインは尾崎豊の全作品のアートワークを手がけてきた田島照久氏が担当。

【仕様】

下記4アイテム収納豪華特製ケース付き

(1) トレジャーブック 『SCRAP ALLEY』
菊六切判(天地260×左右240)/オール・カラー/74ページ
ギター・ピック、コンサート・チケット、直筆ノート、直筆セットリスト、直筆手紙など貴重な品々のレプリカ=お宝(トレジャー)を本から取り出せる特別仕様。
国内男性アーティストのトレジャーブックは尾崎豊が初となる。

(2) 写真集 『ALTERNATIVE』
菊六切判(天地260×左右240)/オール・カラー/204ページ
田島照久氏の写真・装丁による写真集。未発表写真も含む。

(3) インタビューCD 『TEENAGE BLUE』
尾崎豊10代の肉声=初公開インタビュー音源を収録/収録時間約70分
旧CBS・ソニー出版(現エムオン・エンタテインメント)発刊音楽雑誌『PATi・PATi』『GB』(共に休刊)用取材音源から精選して収録。インタビュアーは音楽ライター、藤沢映子氏。

(4) オリジナルプリント
田島照久氏が撮影した膨大な写真の中から厳選した初出1点を使用したオリジナルプリント。サイズ=B5。

*仕様・内容は全て予定です。変更になる場合がございますので、あらかじめご了承ください。

【価格】

30,000円(税込)+送料510円

【お届け】

2015年11月29日(日)前後を予定
(2015年11月29日は尾崎豊の50回目の誕生日です)

【販売方法】

Sony Music Shopサイトによる完全予約限定販売

http://www.sonymusicshop.jp/ozaki50/

【予約期間】

2015年4月24日(金)~7月31日(金)

【早期予約特典】

お申し込み先着5000名様にA2オリジナルポスター(予定)を進呈

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